氷の国のアイスマン 超デジタル電子書店員・有馬博士登場!

【第7回】
やり手と評判だが、徹底したデジタル人間で紙の本などお構いなしの電子書店員、バーンネットブックス(通称BNB)有馬との打合せをまかされた枝折。さっそく無理難題を吹っかけられ、四苦八苦するはめに。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界 の明日を占うお仕事小説!

◆氷の国のアイスマン

 五月の終盤。就職して二回目の月末が近づいてきた。電子書籍編集部で成果を上げるしか道はない。文芸編集部の芹澤は、枝折にそう教えてくれた。今日の仕事が明日に繫がると信じて、働き続けるしかない。

 芹澤と会って以来、枝折は読書の仕方を変えた。この本をどうすればもっと売れるか。そうした視点で読むようになった。芹澤流の方法で、紙の本の編集者として能力を磨こうとした。

「電子書店の担当者たちとの打ち合わせ、慣れてきた?」

 会社の四階、電子書籍編集部の部屋。ノートパソコンを相手に格闘していると、隣の服部が話しかけてきた。

「今日の打ち合わせはBNBよね」

 含みのある口調で服部は言う。毎月後半の電子書店との打ち合わせ。今日はBNBの担当と会う予定になっている。

 バーンネットブックス、通称BNB。フリマアプリを利用した個人間通販で伸びた、新興IT起業バーンネットの電子書店部門だ。

 BNBの噂は、電子書籍編集部に配属されて以来、何度も聞いている。規模は小さいが、他とは異なる独自の売り方が多い場所だと。

 たとえばツイッターのトレンドワードと連動して、自動で特集ページが作られたり、ニュースの単語からテキストマイニングして、最新の話題を知るための本を独自に薦めてきたりする。

 単純に本を陳列して売る書店ではなく、販売を最適化するアルゴリズムが大量に動いているそうだ。

「BNBの担当は、変わった人なんですか? 他の先輩方も、私がどういう反応をするか、楽しみにしているみたいなんですけど」

 ずっと気になっていたことを服部に聞く。

「ふふっ、春日さん。あなたが冷戦時のアメリカ合衆国なら、彼はソビエト連邦よ。鉄のカーテンの向こうにいる、氷の国のアイスマンよ」

 さあ、怖がりなさい。ホラー映画のモンスターのような表情をしながら服部は言う。

「なんですか服部さん、そのたとえは。もしかして怖い人なんですか」

 警戒しながら尋ねる。

「大丈夫、大丈夫。全然怖くないわよ。犬みたいに嚙んでくるわけじゃないから。まあ、強いて言うなら、安全装置のついていないプレス機ね。手をガッシャーンと挟まれないように気をつけていれば安心だから」

「それ、滅茶苦茶危険じゃないですか」

「問題ないわよ。私は、素早く手を引っ込められるから」

 服部は、シュパパパパと残像が見えそうな速さで手を動かす。この人は本当に忍者なのではないかと疑いたくなる。

「そんなに心配しなくていいわよ。今日はガンさんがいないけど、一人で行かせるわけじゃないから。私もついて行って、陰ながら応援するの。草や木のように完璧に気配を消して、あなたが死にそうになったら助けてあげる。だから即死しないでね」

「はあっ」

 助けてくれるのやら、くれないのやら。

 悩んでいても仕方がない。これから最低でも一年は付き合っていく相手なのだから。きちんと挨拶して、しっかりと打ち合わせをしないといけない。

「BNBの担当者は、有馬さんって言うんですよね」

「そう、有馬博士、三十二歳。バーンネットブックスの事業部長でプログラマーよ。まあ、とんがった人ね」

 内線が鳴った。枝折は受話器を取る。有馬が一階の受付まで来たそうだ。

 枝折は服部に伝えて立ち上がる。そして重いノートパソコンと書類の束を抱えて、廊下に向かった。


 エレベーターで一階に下り、受付まで向かう。受付の前は開けた空間になっており、新刊の雑誌や本を並べた棚がある。また、棚のない壁には、ポスターや電車の中吊り広告が貼ってある。

 壁の前に一人の男が立ち、大衆向け週刊誌の広告をながめていた。

 面長で眼鏡をかけている。髪型は、寝癖を必死に直したのだろうなという、はね具合を見せている。服装は、あからさまにユニクロで買ったのが分かるシャツにズボンだ。それも新品ではなく着古している。人前に出るために、最低限の姿を仕方なくしている。そうした雰囲気が伝わってきた。

 全体的に無気力で、ずぼらそうで、格好いいとはお世辞にも言えない。自分があだ名をつけるなら、眼鏡アルパカにするだろう。

「初めまして。電子書籍編集部の春日です」

 名刺を出しながら挨拶する。

「BNBの有馬です。今日は岩田さん、同席されないそうですね」

 名刺交換するやいなや、服部に顔を向けて話し始める。

 おうおう、新人は無視かよ。少し腹を立てながら服部の横で笑顔を作る。

「ほほほほほ、有馬さん、ごめんなさいね。その代わり、今日はうちの秘密兵器、期待の新人が同席するので、よろしくお願いしますね」

 服部が軽い口調で言う。

「そうですか。岩田さん、いないんですね」

 また言った。

「仕方がありません。それじゃあ、会議室に移動して打ち合わせをしましょう」

 有馬は枝折を一瞥したあと、服部にこの一ヶ月の動向を質問しながら歩きだす。

 嫌な奴。有馬の第一印象は最悪だった。自分という存在を無視されると、これほど不快な感情を抱くのかと思う。

「それでね。今日は、私は影に徹して、春日さんに打ち合わせをしてもらうつもりなの」

「はあ」

 有馬の声は素っ気ない。

 無駄な時間を使わせやがってと思っているのか。枝折は、胃の底が重くなるのを感じながら、有馬と服部とともにエレベーターに乗った。

 会議室に着き、ノートパソコンを開く。有馬と服部も準備をして、打ち合わせが始まる。

 こちらからは新刊予定を伝えて、販促のポイントを共有していく。有馬からは、先月の売り上げデータの報告とともに、多数の要望が上げられた。

 表紙を切り抜いて広告用に加工したい。顧客の興味に合わせて、本文の一部を抜粋して送りたい。有馬が挙げた内容は効果があるかもしれないが、権利問題やコストの兼ね合いで無理なことが多かった。

「あなた方は、前例を持ち出すばかりで、本当に商品を売る気があるのか、毎回疑問を持たされますね」

 ため息交じりに有馬は言う。

 いや、そちらこそ、もう少し空気を読んでくれ。世の中には、対応可能なことと不可能なことがある。少しずつ改善は進めているが、今日明日で変わるものではない。まだ入社二ヶ月ほどしか経っていない枝折だが、今できていないことが、なぜできていないかぐらいは理解している。

 枝折は、先輩たちが枝折の反応を楽しみにしていた理由が痛いほど分かった。有馬は歯に衣着せず、意見や要望を言ってくるのだ。それもこちらが対応できないようなことを。

「それと、前から疑問に思っていることがあるんですよね」

「なんですか」

 編集長の岩田がいない今、ここぞとばかり新人に不満をぶつける気なのかもしれない。どんな無茶振りが来るのか。枝折は身構えて、有馬の言葉を待つ。

「同じ本で、値段が違うものがあるじゃないですか。また、同じ作者で文字数がほとんど変わらないのに、値段が倍以上になっていたりするじゃないですか。それらを全て統一してくれませんか、安い方に」

 枝折はきょとんとする。そして、有馬の言葉がなにを意味しているのか考える。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

ruten 「#電書ハック」7話目「 #cakes #小説 #電子書籍 3ヶ月前 replyretweetfavorite

ruten 「#電書ハック」7話目「 #cakes #小説 #電子書籍 3ヶ月前 replyretweetfavorite

ruten 「#電書ハック」7話目「 3ヶ月前 replyretweetfavorite

ruten 「#電書ハック」7話目「 #cakes #小説 #電子書籍 3ヶ月前 replyretweetfavorite