柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第31回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。二人はどうにか赤瀬を見つけ出すが、赤瀬は移植許可の交換条件に、「完璧なAホークツイン」の復元を提示し……。
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 コーギーは店内を見渡す。ずっとプレイしているせいで、どの客も疲労の色を濃くしている。酒見は、まだ真面目にアイデアの集計を手伝っているが、猪鹿蝶はぐったりして、心ここにあらずという感じだ。そうした彼らの態度に、花井はため息を吐き、大月は苦笑いをしている。
 ナナも、眼鏡の奥の目を死体のように曇らせていた。ナナは「私は誰、ここはどこ」と記憶喪失のようにうわごとを言いながら、Aホークツインを繰り返している。
 仕方がないとコーギーは思う。ゲームには破綻している場所はない。物足りなさを感じても、それが具体的になんなのかは言語化できない。そうした意見を持つのはゲームの熟練者だけではない。三田村も同じ感想を書いていた。
 そろそろ作業を再開しよう。そう思い、コーヒーカップをソーサーの上に置くと、ナナが立ち上がり、ふらふらと灰江田の席まで行くのが見えた。
「ねえ、灰江田さん。こうやってプレイを続けるのは意味があるの」
 ナナは、ゾンビのような緩慢な動作で、灰江田の隣に座り、いまにも襲いかかりそうに、指をわさわさと動かす。
「あのなあ、Aホークツイン祭りを始めたのは、他でもないおまえだろう。これは、おまえ発案のイベントだろうが」
 灰江田は、いつになく機嫌が悪い。自分の仕事も上手くいっていない。ナナのアイデアも不発の状態だ。このままでは完全なAホークツインなど見つからない。その予感がひしひしとしているのだろう。
 コーギーのようにゲームの内部を探れないナナや灰江田たちは、外側から情報を探すしかない。コーギーは、自分が早く解析作業を進める必要があると思った。このままでは早晩、不穏な空気が流れるだろう。
 そのときである。AホークツインのBGMが鳴り響く中、違うゲームの音楽が聞こえてきた。全員が神経質そうに顔を向ける。カウンター席の端に座ったサトシが、サブウェイシューターのカセットを差していた。
 サブウェイシューターは、UGOブランドのゲームの一つで、横スクロールアクションゲームだ。他のゲームとは異なり、ストーリー仕立てになっている。そして、到達するゴールによって、先の展開が分岐していく。
「おいおいサトシ。みんなが必死になって完全なAホークツインを探している中、一人だけ別のゲームかよ」
 灰江田が怒ったように言い、ナナがなだめる。サトシは首をすくめたあと、たどたどしく言う。
「気になることがあるんだ」
「なんだよ」
「Aホークツインは、他の九本のゲームとプレイ感が違う。その理由が知りたくて、UGOブランドのゲームを、すべて解き直しているんだ」
 サトシの言葉に、灰江田は不満そうな顔をする。
「まあまあ、灰江田さん。サトシくんはいいでしょう。別に契約しているわけじゃないんだから」
「まあ、そうなんだけどよ。少しは空気を読めよ。一致団結のためにはさ、みんなで同じことをするのも大切だろうが」
「灰江田さんだって、さっき下りてきたばかりじゃないか」
「ぐっ」
 サトシに突っ込まれて、灰江田は毒づきながらゲームに戻る。コーギーは首をすくめたあと、作業を再開した。

 日が暮れて静枝と三田村がやって来た。三田村は空いている席に座り、メモをテーブルの上に置いてAホークツインをプレイする。静枝はコーギーの向かいに腰を下ろし、ノートパソコンで昨日の続きのプログラムを書いていく。
 目の前に女性がいることにコーギーは緊張する。しかし、没入して無表情になった静枝の顔を見ると、緊張は徐々に解けていった。コーギー自身もプログラミングに集中して、周囲の雑音が消えていく。そして、周りの人間がマネキンのようになっていった。
 Aホークツインのプログラムを単体で見るのではなく、UGOブランドのゲーム全体の一部分として見る。同じプログラマーが書いたプログラムは、共通の部品がそのまま再利用されることが多い。そして、作り方も一定のルールに従っている。コーギーは、各ゲームの共通部分を、静枝が作ったツールで可視化する。静枝のツールはまだ完成していないが、最低限の表示はおこなえるようになっていた。
「鈴原さん。この部分を、もう少し分かりやすくできないですか」
「対応する行数の多さを数字で示すのはどうでしょうか。行数に応じて、数字のサイズを変えます。そうすれば、どこが重要な場所か一目で分かるはずです」
「それと対応場所へのリンク機能もお願いします」
「分かりました。十分で実装します」
 何度かやり取りしたあと、必要な機能が一通り揃った。ツールの作成は打ち切り、静枝も解析に加わる。
「白野さん。Aホークツインのこの処理、たぶん、ホッピングキャッスルのここのプログラムをコピーして改造したんじゃないですか」
 静枝が、自分のノートパソコンをコーギーに示す。対応する部分が、色つきで強調されている。ノイズのように違う色がまじっているが、ほぼ同じプログラムだと分かる。
「そうですね。ここはホッピングキャッスルで出てくる、ロックオンブーメランの動きです。主人公と敵キャラクターのあいだで、滑らかな弧を描きながら投擲物が命中する。その座標計算をしている部分です」
「えっ、Aホークツイン以外のコードも、全部覚えているんですか」
 静枝は驚いて聞く。
「移植の予定は、UGOブランドのゲーム十本ですからね。すべて把握しています」
 コーギーは言い、静枝とともに次々と対応部分を割り出していく。二人はパズルを解くように、プログラムの欠損部分の構造を割り出そうとする。一流の絵画修復士が、その時代や作者の知識を元に、絵画を往時の姿に戻すように、コーギーたちはAホークツインのプログラムを、あるべき姿に直していく。
 プログラムを書き換え、テストする。正しいか検証してさらに修正する。そうしたことを数日続けたあと、ようやくAホークツインの欠けた部分が見えてきた。

 土曜日の午後、コーギーは相変わらず解析作業を続けていた。店内の空気は弛緩しており、スマートフォンをいじっている者が多い。今日は朝から静枝と三田村が来ている。静枝はコーギーとともにAホークツインの復元に参加し、三田村はだいぶ上手くなってきた腕前でゲームを繰り返していた。
 コーギーは、大きく呼吸したあと静枝に視線を送る。静枝はうなずき、コーギーの横に移動した。
「できましたか」
「ええ、何度か試しましたが、これでちゃんと遊べます」

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新潮社
2018-05-18

この連載について

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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