マルチタスクの異能の王 紙の本vs電子書籍、社内戦争勃発か!?

【第6回】
「紙の本の編集をしたい!」枝折は密かに文芸編集部の編集長・芹澤にアポイントを取り付け、弟子入りをもくろむ。電子書籍を嫌悪する芹澤は、枝折に意外な申し出をしてくるのだった。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界 の明日を占うお仕事小説!

■2 第三種接近遭遇


◆マルチタスクの異能の王

 五月の連休明けに、枝折(しおり)の仕事は本格的に始まった。

 電子書籍編集部には、枝折を除いて八人の人員がいる。編集長の岩田を含めて編集が四人で、宣伝や経理の担当が四人だ。

 ただし、編集と営業は他の部署ほど固定的ではない。職域をまたがって互いの仕事を助け合っている。九人目の枝折は、遊撃隊のように編集も宣伝もこなすことになった。

 最初の一ヶ月を乗り切ったことで、この部署の仕事のサイクルが分かった。それは、日と週と月の三つの輪で回っている。

 まず、日々のスケジュールだが、これは流動的だ。電子書籍のデータの確認、電子書店とのやり取り、その合間を縫い、作家と会い電子版の許諾を取っていく。

 交渉を実際にしてみることで、紙と電子の編集部の連携が、いかに取れていないのかよく分かった。

 紙の本を出す際に、電子の許諾をきちんと取ってくれれば、自分たちの仕事は大幅に減る。しかし現実は違った。紙の本の担当者は、紙の本の打ち合わせだけをして、電子の話をしないことが多い。出版直前になって、初めて電子版の契約書を送りつける始末だ。

 そのため契約を保留する人が出る。そうなれば電子版を出せないまま発売日が近づき、電子の人間が奔走することになる。いわば、紙の編集部の尻拭いをさせられているというわけだ。

 もちろん電子書籍の登場以前に出た本については、枝折たちがやるべき仕事だ。だが、新刊の許諾漏れほど腹立たしいことはない。

 二つ目の週のサイクルは、月曜日の十三時半からおこなう会議に集約される。

 会議では部署の全員が参加して情報を交換する。また、電子書籍の企画も検討される。毎回提出される企画書は七から八本。一人一本程度出している計算になる。そして岩田が認めれば、企画は本人の手でスタートする。

 出版社の編集者は、会社の看板を借りた個人経営とよく言われる。それぞれが企画を立て、作家と交渉して本を作っていく。そのやり方は電子書籍も同じだ。

 三つ目の月のサイクルだが、こちらは外部との会議が主になる。各電子書店との打ち合わせが、月の終盤に入ってくる。毎月一度の定例会を各社に対して設けており、先方から担当が来て、打ち合わせをおこなう。

 この定例会には、枝折はまだ参加したことがない。ゴールデンウィークまで、少しの例外を除いて、データばかりを見て過ごしてきたからだ。

 定例会の相手として最も大きな存在はアマゾンだ。取引額は全体の六割弱。その他上位の取引先には、Koboを擁する楽天、iBooksのアップル、ソニー・リーダーのソニーがある。

 また、写真集に強いDMM.com、販売力のあるAUやドコモといった携帯事業者の電子書店もある。さらにはKADOKAWAが運営するBOOK☆WALKERや、携帯電話時代から続く電子書店も存在する。

 マーケットには大小様々な販売チャネルがあり、一社独占からはほど遠い状態だ。また、小さすぎるところは電子取次を通して、まとめてやり取りしている。

 定例会の時に話し合う内容は、主に新刊のスケジュールだ。他には、クーポンやポイントバックについても話を詰める。

 電子書店は紙の書店と違い、フットワークが軽い。彼らは在庫を持たず、補充も必要ない。そのため世の中の動きに応じて、機敏に顧客に販促をおこなう。

 大河ドラマやオリンピックという、時期が決まった大型イベントだけでない。日々のニュースに連動した本の紹介も可能になる。そうした情報を提供するのも、電子書籍編集部の仕事である。

 電子書籍のビジネス速度は、紙のそれとは著しく異なる。電子書籍編集部で働き始めて以来、紙の本を印刷して、書店まで届けて、そこに顧客が足を運ぶというやり方は、前時代的だと感じるようになった。

「春日さんは仕事の飲み込みが早いわね。あと数ヶ月経てば完全に馴染んで、この部署の妖怪のような存在になれるわよ」

 隣の席に座る教育係の服部が、自信ありげに言った。

 それは困る。そもそも妖怪になるまで、ここにいるつもりはない。給料をもらっているから真面目に働くが、自分がやりたいのは紙の本を作ることだ。そのために枝折は、紙の本の部署に近づき業務を教えてもらう計画を、連休中に立てた。

 芹澤鷲雄(せりざわ・わしお)—文芸編集部の編集長に、相談に乗って欲しいとメールを送った。そして今日の夜、二階の会議室で話を聞いてもらうことになったのである。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません