青年文士とゆでガエル ネット民には刺さる引きこもり系作家とは?

【第4回】
官能系作家・南雲に続いて枝折の前に現れたのは、ネット民には刺さる引きこもり系若手作家・漣野久遠。岩田編集長は電子書籍専売の小説を依頼するが、漣野から「出版社には利があるかもしれないが、作家には何のメリットもない」と反論される。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界 の明日を占うお仕事小説!

◆青年文士とゆでガエル

 その日、枝折と岩田はもう一人の小説家に会いに行った。

 漣野久遠(れんの・くおん)。枝折(しおり)と同じ二十二歳の若手作家。新人賞で佳作を取りデビューした準引きこもりの男性。彼はネットを舞台にした、一部の若者に刺さる小説を書いている。

 池袋から埼玉へと向かう西武池袋線。東久留米駅近くのファミリーレストランで、枝折たちは漣野に会った。

 線が細く、顔が整っている。色白なことも手伝い、大正時代の青年文士を連想させる。

 岩田は漣野に話し始める。その横で、枝折は漣野を観察する。無表情で口を閉じたままだ。心を水晶にでも封じ込めたようだ。

 話の内容は南雲の時と同じ、電子専売の小説を書いてくれというものだ。一通りの話が終わったあと、漣野は口を開いた。

「電子書籍専売だと、前よりも売れなくなりますよね。初版保証もなくなりますから、お金はほとんど入って来ないはずです。
 お金も入らない、人にも読まれない。もしそうなら無料で公開した方がいいんじゃないですか。ネットの小説投稿サイトなら、何万人、何十万人の人が読んでくれますから」

 枝折は思わず身を固くする。頼りない外見とは裏腹に、漣野の言葉は辛辣だった。口調こそは丁寧だが、不満がにじんでいた。

「それでも電子専売の本を書いて欲しいというのは、そちらに利があるからですよね。
 今後、なにかの拍子に僕の作品がヒットした時に、売るための弾を用意しておく。出版社側のリスクを最小限にして、将来のために種をまく。それって僕のメリットはどこにあるんですか。僕にも分かるように説明してください」

 枝折は、否定の言葉を出そうとして飲み込む。

 漣野は、出版社側の意図を見透かしている。あるいは南雲も、そう思っていたかもしれないが口にすることはなかった。漣野は、不信感をそのまま相手にぶつける若さを持っている。

 漣野は一呼吸置き、話を続ける。

「電子書籍は出版社を通さず、個人でデータを作って直接販売できます。
 自分でやるよりも出版社経由でやる方が、多くの数が売れると断言できますか? そのための予算や手間をかけてくれますか? 電子書籍の小説の宣伝なんて見たことがありませんよ。
 そうした状況の中で、電子書籍専売という話に、僕はどういうメリットを見出せばよいのですか?」

 ぐうの音も出なかった。会社では、電子書籍に広告予算はつかない。新聞広告や電車広告は百パーセントない。それどころか、紙の本の広告に、電子版のことを書いてもらえないことも多い。

 紙の本の営業は、書店の客が電子書籍に流れることを嫌う。そのため予約一つとっても、紙の本の予約を先にして、電子版の予約は発売直前まで止められることがある。実店舗の売り上げが減ると、本屋の数が減少して売り先がなくなる。そのことを恐れているのだ。

 そうした広告面で冷遇されている電子書籍の販促は、電子書店に頼っている。

 クーポンやポイントバックという形で電子書店に働きかける。リリース資料を送って、取り上げてもらう。しかし、それらは電子書店内で閉じている。

 電子書籍専売の企画は、出版社の発信力という利点を、削ぎ落としたものだと言える。

「おっしゃることは、ごもっともです」

 岩田はうなずき、真摯な態度を取る。

「漣野さんの小説は、電子の読者が一定数います。これからの電子書籍時代の作家だと思っています。その読者に漣野さんの原稿を届けたいんです。専売の話、是非ご検討ください」

 漣野は無言で視線を逸らす。出版社に対しての信頼が、著しく低下している。

 冷め切った顔—。しかしそこには、それ以外の感情もわずかに含まれていた。悲しみ。その表情を、枝折は見逃さなかった。

 なにか言葉をかけなければ。枝折は必死に頭を働かせる。

「私たちと一緒に本を作りましょう」

 紙ではない電子の本を—。

 漣野は少しだけ興味を持った目を枝折に向けた。しかしそれも一瞬だった。すぐにまた冷たい顔に戻った。目の奥には、深い闇が横たわっていた。


 地下鉄の駅から出て、オフィス街のど真ん中に出る。車の騒音と人のざわめきが空気を震わせている。

「なあ、春日」

 会社に戻る道を歩きながら、岩田が語りかけてきた。

「俺はな、自分のことをキリギリスだと思っている」

 枝折は前を見ながら、アリとキリギリスの話を思い出す。

 電子書籍には実体がない。その商品を扱う自分たちは、なにも残らない仕事をしている。

 触れない本。電源を落とすと見えなくなる文字。

 自分たちは、夏の日に曲を奏でるキリギリスのような存在ではないのか。

 失意を抱えた南雲や、敵意を持った漣野を思い出す。

 紙の本が売れず、弾き出された作家たち。岩田はそうした人の中から、電子書籍で戦えそうな人材を募り、電子専売の本を出そうとしている。紙の本のおまけではなく、電子主導の本の世界を作り上げようとしている。

「私はアリになりたいですよ」

 空虚な電子媒体ではなく、実体のある紙の本の仕事をしたい。そうした思いが、アリという言葉になって出た。

「アリとキリギリスか。そういう意味じゃねえんだけどな」

 岩田は面倒くさそうにこぼす。

 では、どういう意味なのだろう。岩田は頭を搔きながら、少しだけ歩みを速めた。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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