◆4◆
おれたちは非常階段の踊り場で、震えながら休憩をとった。
「寒ッ……」
「今夜あたり積雪するかもしれませんね」
奥野さんがしみじみと言った。
「何年ぶりですかね、積雪なんて」
踊り場には薄汚い椅子と、タバコの吸殻入れが置いてあった。どこもメインオフィスやエントランスの荘厳さとは裏腹に、非常階段のタバコエリアはこんなものだ。
「どうぞ」
奥野さんが火を貸してくれた。年季の入った、いいジッポだった。
「あ、すいません」
おれはマルボロに火をつけ、深く吸い込んだ。煙草を吸うなんて何年ぶりだろう。咳き込みそうになる。おれと違って、奥野さんはサマになっている。なんというか、高倉健みたいで。
「フゥーッ……」
おれは煙を吐きながらスマホをいじくり、Twitterのタイムラインを確認した。話題は暗号通貨数百億円の不正送金事件。おれには全然わからない世界だ。
「奥野さん、暗号通貨とかやってます? 今何か起こってるみたいですけど」
「いや、私はやってませんね。最新のテクノロジーはどうも難しく……」
「えーっと……史上最大規模の暗号通貨が日本の販売所から盗まれて、そのデータは世界を飛び交い、ナントカ財団ってとこのホワイトハッカーたちがそれを追跡してる……ってことらしいですよ」
「正直全然わかりません。いつの間にか、私たちの暮らす世界はSF映画みたいになっていたわけですか」
奥野さんは至極真面目な顔で言った。それが何だか可愛げがあり、おかしかった。
「それに比べて、おれたちの仕事の地味さたるや、ですよ」
おれは苦笑いした。
「いやいや香田さん、真面目にやってる部署は、こういう調整で助かっているわけですから、よしとしましょう。少なくとも、この仕事にそのくらいの価値はあります」
奥野さんが言うと、室長より説得力がある。
「そうですね」おれは微笑んだ。「でもせめて、給料はもうちょい上がらないかな……」
「そこは同感です」
奥野さんも苦笑した。そのまま少し、おれ達は無駄話を続けた。趣味とか、投資とか、ちょっとだけおれの娘の写真を見ながら話とか。少しずつおれ達はバディとしての絆を深め始めていた。
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