第2の犠牲者は、サンフランシスコから来た神父だった
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日本のアメリカ大使館にもLEGATは存在する。
ただ、FBIとしての捜査を必要とする事件が頻発する訳ではない日本のLEGAT 東京は、特別捜査官がひとりと事務系係官二人だけが常勤する小さなユニットだった。
ウイーンでの射殺事件との関連が深いと考えられる神父射殺事件は、ウイーンから鈴木特別捜査官が到着した段階で鈴木の担当する事件となった。
鈴木は菜月を送り届けるとその足で警視庁に向かった。
羽田に迎えに来た事務系係官の報告によると、捜査本部は所轄である麻布署に置かれているが、FBIとの連絡を任された捜査一課6係の吉井警部は警視庁に残っているという。鈴木は取りあえず事件の概要を吉井から聞いておこうと考えていた。
6係と書かれたガラスのドアーを抜けたところで吉井の出迎えを受けた。
「最近は日本の警察もアメリカ並みになっているでしょう?」
「いや、FBIよりも小奇麗ですよ」
「噂通り日本語はぺらぺらのようですね」
鈴木は軽い笑顔で応えた。
被害者はアドリアン・キャセイ。七十五歳男性。サンフランシスコから来ていたカソリックの神父。
所属は、Old(オールド) Saint(セイント) Mary's(マリーズ) Cathedral(カテドラル)という由緒ある教会。サンフランシスコのチャイナタウンにある。
六本木にある米国系ホテルに作られた結婚式のためのチャペルで年に一度行われているミサを取り仕切る神父として招かれた。
十二年前から恒例行事となったもので、最初のミサには来日したが、その後は若い神父に任せていた。今年は自分が参加する最後の行事として自ら志願して来たという。
ホテル関係者以外には特に東京に知人、友人がいるわけではない。遺留品からも今のところ捜査に役立ちそうなものは見つかっていない。
撃たれたのは腹部。死因は出血多量。
チャペルからホテルのロビーに繋がる渡り廊下で倒れているのを従業員が見つけた。その時はまだ息があり、最後に、子供を救ってくれ、と言い残したという。
硝煙反応から、恐らくは銃口をお腹に押し当てた状態で射殺されたものと思われた。薬莢(やっきょう)も現場で見つかっている。
目撃者はなく、現場は監視カメラの死角であった。
22口径の弾頭は脊椎に埋まっていたが、発射痕からウイーンでの殺害事件と同一の拳銃が使われたことが判明した。
「捜査方針は決まっているのですか」
「全く」
吉井はそっけなく答えると大きく肩を竦(すく)めてみせた。
「今のところお手上げですよ。しかし、総動員してガイシャの足取りを追っていますから、一週間ぐらい頂ければ、多分、手掛かりは摑めますよ。監視カメラが隅から隅まで整っている東京の都心で、それも有名ホテルに泊まっていた神父の足取りが確認できない訳がありませんからね」
ふっと笑った。
鈴木には吉井が捜査本部ではなく警視庁に自分を呼びつけた意味がよく判った。FBIの助けは要らないと言いたいのだろう。
「どちらにせよ捜査が進行次第ご報告しますよ」
さっさと帰れと言いたげな吉井に、鈴木も皮肉な笑顔を作った。
「よろしく。何時でも携帯に連絡ください。折角日本まで来ましたので僕は僕でウイーンの事件との関係を調べてみるつもりです」
会釈して帰ろうとした鈴木に吉井は釘を刺した。
「厳密には東京での捜査権は限られていることをお忘れなく」
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