ヨハネの黙示録に記された〈キリストの右手の七つ星〉

【第5回】
人類史の流れをたどることができるY遺伝子ハプロタイプ分析。鈴木は、殺された記者が残した暗号のうち「YG F」が「Y染色体ハプロタイプF」を意味するとしたら、「CRIS」は「Christ」つまりキリストのことではないかと推理する。

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謎の綴り、CRISの意味するところは?

「二人目のアダムですか……」

考え込むような目線が菜月を捉えた。

「ええ」

「イスラム過激派はアラブ系が多いのですが彼らの家系は?」

「多分Jだと思います」

「だとすると、彼らも二人目のアダムの子孫になりますね」

「そうですね」

「だったら、ユダヤ系は?」

「イスラエルもJ家系が中心だと思います」

「なるほど、みんなセム語族として祖先は同じですから当たり前と言えば当たり前ですが、遺伝子解析でも証明されているのですね」

「人類はみんな兄弟」

真顔の菜月に鈴木は思わず笑った。

「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はすべてセム語族の間で生まれた宗教ですし、旧約聖書は皆が共有している。聖書を書いたセム語族の人たちにとっての創世記はA家系のアダムではなく、二人目のアダム、つまりはF家系のアダムから始まるのかもしれませんね」

「それが重要なのですか?」

「はい、それが正しいとすると、記者の残した最初の言葉CRISもCRISPRのことではなくて救世主のことであった可能性が出て来ます」

「救世主ですか?」

鈴木は頷くと、柔らかな口調で続けた。

「イエス・キリストのキリスト、英語ではJesus Christ(ジーザス クライスト)のChristですが、名前ではなく救世主の意味です。そして、もともとはHが入らず、Cristと書いていました。つまりCRISです。そうなると記者が菜月さんに会いにきたがった理由がはっきりする」

「渡辺先生のことを知りたかった」

頭の良い子だと鈴木は思った。

「彼の右手には印がある」

「いえ、それはエイプリルの勘違いです」

「というと?」

「右手の印の話は彼自身のことではなくて、彼のY染色体に関する研究の話です」

「なるほど」

鈴木は少し考え込んだ。 皆、見当違いをしていたのかもしれない。

「でも、それが救世主と関係があるのですか?」

「ヨハネの黙示録をご存知ですか?」

そう尋ねながら、鈴木は菜月を促してテーブル脇の椅子に座らせた。

「聖書の最後の章」

座りながら菜月が答えた。

「そう、正確に言えば、新約聖書の最後に配置されている章ですが、予言的なことが多く書かれていますよね」

「世紀末と最後の審判」

「よくご存知で。『オーメン』という映画で一躍有名になった悪魔の番号666も黙示録に書かれていますが、その最初に、キリストが右手に七つの星を持つものとして現れます」

「なるほど、右手の印は救世主の印」

「そう。同時に、悪魔の印も右手に現れると書かれています」

「そういえば、渡辺先生がそんな話をよくしていました」

菜月に微かな不安が襲った。

「だとすると彼も狙われる可能性があるのでしょうか」

「いや、むしろ反対でしょう。記者や過激派が右手に印を持っている人間を探していたとしても彼にはそれがない。だから大丈夫でしょう。菜月さんの警護も要らないかもしれません」

菜月には鈴木の考えがよく判らなかった。 納得していない菜月を見て鈴木が続けた。

「記者が射殺されてからすでに二か月経ちます。イスラム過激派が右手に印を持った人間を狙っていたとすれば、パリの同時多発テロ同様にその計画はかなり進行していたはずです。渡辺先生が襲われる可能性があったとすれば、もう殺されています」

「でも生きている」

「そう、だから彼はターゲットではない、印の現れた人物はともかくとして、今の段階で、菜月さんや、印を持っていない渡辺先生がイスラム過激派にとって重要であるとは思えません」

「あの日本語の上手な中東系の男は?」

「そうですね、まだ少しは警戒が必要かもしれませんね」

菜月は何かを思い付いたように自分の机に向かった。

「渡辺先生にメイル出してみます。今十一時だから東京は夜の七時。多分すぐに返事が来ると思います」

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渡辺先生

お元気ですか、菜月です。 もうすぐ日本に帰りますがウイーンで変なことがありました。 中東系のやけに日本語の上手な人が来たと思ったら、そのあとFBIの人が来ました。 どうも先生の話していた右手の印の話が関係あるようです。 一度FBIの方と話をしてくれますか?

                             菜月
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返事はあっという間に返って来た。

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菜月殿

任せなさい。
FBIと渡辺君。最強コンビ。
ところで、日本語は上手くなかったけど中東系の男なら僕のところにも来ましたよ。
UAEの弁護士だって言っていたけど、ちょっと怪しい感じで、右手を見せろと言うから見せてあげたらさっさと帰った。
でも、やけに遺伝についてよく知っていた。
では東京で。

                             達也
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「やはり、大丈夫なようですね」

菜月もそう思い、小さく吐息を漏らした。

「一応、菜月さんの警護はウイーンの連中に続けさせます。僕はこちらで捜査を続けますが、一段落したら日本に行きます。その時に渡辺先生にもお話を伺いに行きますので、その時はよろしく」

「判りました」

鈴木は立ち上がってドアに向かった。

(空振りだったかもしれない)

鈴木はそう考えていた。

イスラム過激派という考えそのものが間違っているのかもしれない。
もう一度、最初から検討し直してみる必要がある。 とりあえず、パリに戻ろう。

その時、鈴木の携帯が鳴った。
しばらく話を聞いていた鈴木は携帯を切ると真顔で振り返った。

「高山先生は今から日本に帰れますか?」

「今からですか?」

「はい」

「アパートからスーツケースを取ってくれば大丈夫です」

「では行きましょう」

「これから?」

「はい、パリ発羽田行の日本航空便に間に合います」

戸惑ったままの菜月に鈴木が言った。

「東京でカソリックの神父が射殺されました。22口径の弾丸の発射痕がニューヨークタイムズの記者を殺害した弾丸と一致したそうです」

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神の遺伝子

中田力

“神の遺伝子”をさがす謎の中東系の男と米国人記者に始まる連続殺人事件。若き遺伝子学者・高山菜月は、FBI捜査官の日系人・鈴木とともに二つの謎を追いかけていく。Y染色体ハプロタイプ分析から導かれる人類の歩み。日本古代史の謎。そして救世主...もっと読む

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