第2の殺人と、人類の起源に迫るY遺伝子ハプロタイプ分析とは!?

【第4回】
東京で第2の殺人事件が発生。被害者はサンフランシスコのカソリック教会から派遣された神父だった。
菜月は殺害事件の捜査のため、菜月のもとを訪れたFBI捜査官・鈴木に、自分の研究分野である遺伝子学のY染色体ハプロタイプ分析について説明する。

究極の伝奇ロマン&暗号ミステリー!

東京で米国人神父が殺された!

「おい、何か変な音がしなかったか?」

客室係の森田は同僚に声を掛けた。鈍い破裂音のようなものが聞こえた気がした。
チェックインの時間を控え、部屋の総点検をするために事務所を出てきたところだった。

何時も雑然としているホテルにも、ある瞬間、時間が止まったような静けさが横切ることがある。ちょうどそんな時だった。
普段なら気にも留めないような音が気にかかったのである。

音は左の方から聞こえた気がした。

森田はチャペルに繫がる渡り廊下の方に目をやった。閑散としていた。
人影もなく、特に変わった様子もない。

次の瞬間、森田は、床に何か黒いものが蠢(うごめ)いていることに気付いた。

それが人であると認識するまでしばらく時間がかかった。
森田は急いで駆け寄った。

倒れていたのは神父だった。

「神父さん! 神父さん! 大丈夫ですか」

抱き上げようとした森田の手に生暖かい液体が纏わりついた。

(うわー、血だ)

一瞬戸惑った。それでも勇気を持って抱きかかえた。

森田は自分の心臓の鼓動がどんどん速くなるのを意識した。

「神父さん!」

森田の叫びに神父は辛うじて眼を開いた。

「Please save the child!」

「何ですか、神父さん! 何ですか」

森田の声に神父は何も答えなかった。

「誰か、誰か来てくれ!」

森田の叫び声がホテルに響いた。

バタバタと集まって来る足音が四方から聞こえてきた。


Y遺伝子ハプロタイプ分析とは?

6

エイプリルのその日のブログには、

Young Geneticist and her mysterious lover
(若き遺伝学者とその不思議な彼氏)

と、タイトルが付いていた。

菜月がブログに載せた写真が貼ってあり、彼女はCRISPRを用いて大腸菌のDNAを扱う天才であると紹介していた。

そしてブログには、

この日は東京から彼女の不思議な彼氏が来ており一緒に中央墓地を観光した。
彼が最初に見たがったのがボルツマンの墓だったお蔭で、自分も初めてボルツマンという物理学者のことを知った。
四六時中話をしている男だったが写真に撮られることを極端に嫌ったので、自分も菜月も彼の写真は撮らなかった。
その理由は自分が大変な遺伝子を引き継いでいる人間で、その証を右手に持っているからだと説明していた。
さて、この不思議な彼氏と若き遺伝学者のその後はどうなるのだろう。

と、綴られていた。

「恐らく被害者の記者はこのDr. Foster(ドクター フォスター)のブログを読んだのだと思います。そして高山先生に会いにウイーンに来た」

「ファーストネームでいいですよ」

「じゃあ、菜月さん」

例の笑顔が浮かんだ。

「菜月さんに会いに来ようとした理由は、この彼氏にあるのではないかと思っているのですが」

「CRISPRではなくて?」

「NSAは炭疽菌テロに敏感になっているので菜月さんの誘拐計画も否定しませんでした。でもFBIはその可能性は低いと思っています。もう少し奥の深い、何かイスラム過激派の教義に触れるような……」

「宗教的なことですか?」

「そう、イスラム過激派はJihad(ジハード)の名のもとに自爆テロに向かう若者をたくさん抱えています。今回のパリの同時多発テロもISISの自爆テロを中心とする戦略でした。
たとえ生物兵器による大量殺戮を考えているにせよ、新種の炭素菌を創りだす手間よりも自分がEbola Virus(エボラウイルス)などの感染者になる自爆テロの方が何万倍も効果的でしょう。
ニューヨークタイムズの記者は何かもっと本質的なことの情報に近づいてしまったのではと考えています」

「それが私と関係がある」

「菜月さんに直接関係があるというよりは、菜月さんが知っている何かが問題だった」

「それがエイプリルのブログ」

「そう、彼女のブログに書いてあった菜月さんの不思議な彼氏」

何度も彼氏と言われて、菜月はちょっと不満だった。

「彼の名前は渡辺達也。中学、高校、大学の先輩ですが彼氏ではありません。とても頭がよくて本当に何でも知っている人ですが少し変な人です。でも悪い人ではありません。東大では理学部で遺伝学の准教授をやっています」

「CRISPRの専門家ですか?」

「いいえ、彼はY染色体の専門家です」

「Y染色体って、例の男と女を決めるやつ?」

「そうです。男になることを決める性染色体で、父親からY染色体をもらうと男の子、X染色体をもらうと女の子になります。母親はX染色体を提供するので、父親からのY染色体をもらうとYXになって男に、X染色体をもらうとXXになって女となるわけです。確か中学校で教えますよね、覚えていますか?」

「はい、それぐらいは。アメリカでも教わりますから」

また微笑んだ。

菜月は、鈴木が見せる、これから悪いことをしますよ、と子供が宣言しているような笑顔が好きになり始めていた。

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神の遺伝子

中田力

“神の遺伝子”をさがす謎の中東系の男と米国人記者に始まる連続殺人事件。若き遺伝子学者・高山菜月は、FBI捜査官の日系人・鈴木とともに二つの謎を追いかけていく。Y染色体ハプロタイプ分析から導かれる人類の歩み。日本古代史の謎。そして救世主...もっと読む

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