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次の日の夕方、与田はまた誰もいない商品企画会議室で業界雑誌を読んでいた。ふと顔を上げると、またしても入り口に久美が立っていた。
与田は久美に声をかけた。
「まだ私に用ですか?」
久美は不満げに切り出した。
「バリュープロポジションのことはわかりましたけど、そもそも会計ソフトはすでに成熟していて、差別化なんてできません。自社だけが提供できる価値なんて、理想論にすぎないと思います」
フッと笑いながら、与田は答えた。
「あんまりガッカリさせないでください。成熟している業界でも、差別化している事例はたくさんあるじゃないですか。業界が成熟していることは、差別化できない理由にはなりません。そう思うとしたら、それは頭を使っていない証拠です」
「頭を使っていない」とあからさまに言われて、口をへの字型に曲げる久美。だが、いきなり反論してきたりはしないようだ。与田は間を置いて話しはじめた。
「宮前さん。まだお客さんが答えを教えてくれるという幻想を持っているんじゃありませんか? お客さんが教えてくれるのはヒントだけです。だからお客さんの話を聞くことは大切ですが、お客さんの言うとおりにしていればいい、という単純な話ではありません」
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