一週間前。
百鳥ユウカは、横浜駅前の喫茶店にある男を呼び出していた。ここに来て、頼りになるのは母親でも父親でも親友のしおりでもアキでもなく、この男なんじゃないか、っていうのは単なる直感だった。
「お久しぶりです。ユウカさん」
「久しぶり。突然呼び出して悪いわね。幕田くん」
「きっと呼ばれると思ってましたから大丈夫です」
「そう、ありがとう、待っててくれて。
でも、考えてみたら亡くなった竜平さんがあなたを雇っていたんだからちゃんと働いてもらおうと思って。私のことをさ、最後まで面倒みないと、亡くなった竜平さんにも申し訳が立たないと思わない?」
「そうですね。僕も心残りでしたよ。竜平さんには、あなたを結婚させると約束したんですけど、彼が生きている間は無理でしたね。最近はどうなんですか? いい人はいるんでしょう?」
「ふぅ、どうせアキさんに聞いてるんでしょう」
「高畑さんと、池崎さんのことは知っていますよ」
「何よ、それなら全部知ってんじゃないのよ」
「まぁまぁ、それで2人もの男性をはべらかしていい気持ちなんじゃないですか?
……僕から言わせれば時間の無駄遣いですけど」
「あら言うわね。そりゃあモテることくらい今に始まったことじゃないんだけど、それがね……」
「結婚にはなかなか「うん」と言ってくれないと?」
「まぁ、そんなとこね。なんでなんだろう。普通、こんなに渋ったりしないわよね。なんで私だけ結婚までいけないんだろう。チャンスはいくらでもあったはずなのに……」
ユウカは自ら3回も結婚式場をキャンセルしたことが今となってはもう自身の過去とは信じられなくなっていた。
「まだチャンスの扉は開いていますよ。ユウカさんもそう思うから、僕を呼び出したんじゃないんですか?」
「そう、そうよ。だってほら、二人も候補がいるんだから」
思わず弱音をぽつりとつぶやいたユウカだったが、幕田の言葉に乗っかって自分を鼓舞する。
「それで、高畑さんと池崎さん、どっちがいいんですか?」
「そうね、高畑さんが東京で動物病院を開業してくれたら、高畑さんを選んでもいいかな。獣医さんのアシスタントの免許? みたいのとって、高畑さんを手伝ってあげてもいいわね。夫婦で一緒に働くとかそういうの自分には縁がないって思ってたけど、悪くないかも」
「高畑さんがいいんですか?」
「そういうわけじゃないよ。池崎はさ、本当は夜行バスでもなんでも乗り継いで磯子まできて「ユウカさんごめん、俺が間違ってた」とか言ってくれたらって思うけど。池崎のことちゃんと好きだったのに、あれだけのことで怒っちゃって……」
「過去形なんですか?」
「そういうわけじゃないけど。でも本気だして欲しいのよ。どちらにしても、本気で私にぶつかってきてる気がしない」
幕田は「うんうん」と頷きながら話を聞いていたが、内心はというと……この目の前で絵空事を楽しそうに話している女の血を自分が引いてると思うと、頭が痛くなっていた。
これなら結婚への道が遠ざかるのも大いに頷ける。 でも、自分がココにいる以上、彼女を結婚させなくてはいけない。
「わかりました。僕に任せてください。二人の本音を聞き出して、必ずどちらかにプロポーズをさせますよ!」
「え! ほんとやったぁ!」
幕田揚の心強い一言に、ユウカは胸を躍らせた。
そして一週間後の現在。
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