柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第29回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。二人は赤瀬探しに奔走するが、灰江田を敵視する元同僚、グリムギルド社の橘がこの話を嗅ぎ付けて……
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 能力の方向性は異なっていたが、互いに優秀だった。しかし社会で生きていく上で、橘は有利な性格をしており、灰江田は不利な性格をしていた。結局、灰江田は、子供時代の記憶に引きずられて前を見られなかった。逆に、能力が欠けていた橘は貪欲だった。足りないものを補うために最新の技術と理論で武装した。
 橘は、あの日の出来事を思い出す。橘と灰江田は部長に呼ばれた。部長が買い叩いたゲームに対して、限界までコストダウンした、続編や派生作品を作ることを要求された。
 元々グリムギルドでは、自社コンテンツであっても、傍流と判断された作品への扱いはひどい。売り上げを伸ばすのではなく、コストを削ることで利益を確保しようとする。そして、搾りかすになるまで使い潰して、コンテンツの寿命を尽きさせる。
 命令をくだした部長に対して、灰江田は激怒した。しかし橘は違った。低コストであっても、いまの技術で面白いものが作れると算段した。当時のゲームとは異なるだろうが、まったく新しい楽しみ方を提供できると判断した。そうした発想は灰江田にはなかった。
 あいつは大人になれない少年だ。古今東西、世界中の物語で、子供は少年時代の象徴を捨てて大人になる。灰江田はそうしたものを捨てられなかった。灰江田は、一人前の人間になるのに失敗した、亡霊のような存在だ。
 その男がいまだに視界の中でうろついている。それはまるで自分の部屋に幽霊がいるようなものだ。消し去らなければならない。ありとあらゆる手段で排除しなければならない。いま灰江田は、白野高(たか)義(よし)という翼を得ている。あの青年を逃したのは失敗だった。周囲に評判を聞き、特別に優秀な男だと知ったときには灰江田の会社に入っていた。
 放置すれば灰江田は勢いを得るかもしれない。白野という翼をもぎ、白鳳アミューズメントからの仕事を失敗させ、灰江田にとどめを刺す。
 UGOコレクション。そのリリースを阻み、その最後のソフトをグリムギルドから発売させる。コストはかけない。最低限の予算で実施する。目に見える形で、灰江田に敗北を認めさせて路頭に迷わせる。
「キュ」
 タテガミがまた鳴いた。ハイエナの別名、タテガミイヌから取った名前。その生き物を檻に閉じ込めて飼っている。
 周囲の人間は、自分に依存して生きていくべきだ。絶対の能力を持つ人間を崇め、奴隷のように振る舞うべきだ。しかし、青臭い子供であるはずの灰江田は、橘に頼らず大会社に属さず、己の力で立っている。
 橘は表情を消してケージを見る。この部屋に住むハムスターは、橘に生殺与奪権を握られている。灰江田も同じように自分に屈するべきだ。経済的な死。そのとき初めてあの男は、自分の敗北を認め、橘を太陽のように見上げるだろう。

 赤瀬に会ったあと灰江田は、コーギーと山崎とともに白鳳アミューズメントの本社に移動した。
「どうするんだい、灰江田ちゃん」
 応接室で山崎は、ほとほと困ったという様子で言う。
「二つの方面から攻めます。一つ目は、開発に近い現場にいて、完全版のAホークツインを見ていた可能性がある人の探索です。赤瀬さんの所在を探すときにアクセスした人たちに電話して、ゲームを見る機会があったか確認します。それとは別に、当時のテストプレイ参加者を探します。白鳳アミューズメント周辺の小学校にいた、該当する年齢の人たちにコンタクトを取ります」
「灰江田ちゃん。当時小学生だった人を訪ねて回るのはよしてくれないかな」
「どうしてですか」
「いまはSNS時代でしょう。多くの人と接触すれば、情報はネットに書き込まれてしまうからね。なにかトラブルがあることを業界以外の人に宣伝して回ることは避けて欲しいんだよ」
 灰江田は、うなって考える。
「それじゃあ、ファミコン時代の開発現場について取材している、そういう理由で接触するのはどうですか。それなら白鳳アミューズメントだけの話ではないと見なされるでしょうから」
「まあ、そういう体裁なら問題ないかな」
 山崎は満足そうにうなずく。
「それで灰江田ちゃん。二つ目は」
「正攻法です。こちらはコーギーの仕事です。残っている開発資料やプログラム、ロムを精査して、完全版の姿を炙り出します。赤瀬さんの口振りからして、白鳳アミューズメントに残された情報から、元のAホークツインは復元できるはずです。これは赤瀬さんとの知恵比べです。やれるなコーギー」
「がんばります」
 コーギーは緊張して答える。単なる移植やリメイクとは違う。いまのところ、なんの目処も立っていない仕事だ。
「よし、帰って、早速作業にあたろう」
「はい」
 灰江田はコーギーとともに白鳳アミューズメントをあとにした。

 赤瀬と会った日の夜。客のはけたドットイートで、灰江田は、コーギーとナナとともに作戦会議をおこなった。
「完全なAホークツインを一ヶ月以内に作成するって、そんなことできるの」

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新潮社
2018-05-18

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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