つぶあんが降ってきてこしあんになって「あん」とは音のはじめとおわり
その国の言葉をしゃべれず理解できない二人は、日本語を、暗号のように使っていた。
「懐かしいな……」
タニが言う。
「とくに、つぶあんとこしあん」
「わたしはつぶあん派」
「ぼくはこしあんしか食べれない」
二人は、別の生き物を見るように互いを見つめる。
小豆(あずき)大の腫瘍は増殖し、タニの顔面をランチュウのようにした。
タニは美しい、とわたしは思う。
けれど、タニは気にした。
だから、移住した。
視線は仕方ないとして、そのあとに人が発する言葉に傷ついたのだから。
言葉の意味が分からなければいい。
だから、季節のないこの国に来た。
日本の医者に余命半年と宣告されていたから、残りの時間を二人で安心して味わおうと思った。
わたしは毎日小豆を煮た。タニのためのこしあんと、わたしのためのつぶあんを作るために。
二人だけのコロニー。そこで、二人だけの郷愁を煮るように、小豆を煮る。
出来たつぶあん、こしあんを、二人はパンに挟んで食べ続け、生き延びる。
タニの肉瘤はぷくぷくと盛り上がり、ランチュウなら王様だった。
けれど、タニは気にした。
だから、夜に電気をつけずに生活し、昼間は睡眠薬を使って眠ることにした。
タニが腫瘍だけの生き物になっている夢を見た。
それは、もうタニではないのに。
腫瘍に負けたのに。
それでもそれをタニだと思いたい自分がいる。
視覚でタニを感じることができないから、触りたいけど拒否される。
「醜いから」
タニは言うけどわたしは触りたい。
くちゅくちゅと、腫瘍が増える音だけがする。
カイコ蛾の幼虫が桑の葉を食べているような音。
暴力的な命の音。
腫瘍は元気なのだ。
だから増殖する。
半年が経った。
タニはまだ生きているようだ。
しかし、声帯も腫瘍で侵されているのか、か弱い牛の鳴き声のようなものしかしない。
匂いが尋常じゃない。
命の叫びの匂いだ。
おやすみなさい。
タニの方に向かって言う。
か弱い鳴き声が応える。
タニの姿として、ランチュウをイメージした。
しかし現状は、きっと金魚ですらないだろう。
免疫が生き物としてのアイデンティティーなのだ。
それが機能しなくなったら「生きてない」。
かろうじて、タニは「生きている」。
まもなく、朝がくる。
つぶつぶとぶつぶつと膨れあがるもの憎しみかあるいはブラックホール
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。