粘りある時間のごとく水飴は伸び縮みする空間のごとく
ボートを漕ぐコリオリの姿を、澪は見つめていた。
次第に、水面だけを見ている。
いつもそうだ。
オールが水面をえぐっている。
水が水飴のようだ。
オールが水飴を練っている。
いつまでも見ていたい。
東山魁夷展で、二人は出会った。
壁の、絵の部分だけが静謐だ。
鑑賞は、祈念に変わる。
(壁すべてが魁夷の絵ならいいのに)
(この世すべてが、この青い湖ならいいのに)
祈りは届いた。
コリオリと澪は、水面に閉じ込められている。
反対側の世界だ。
ここには、水面と水辺しかない。
コリオリは、永遠にボートを漕ぐ。
澪は、永遠に水面をえぐるオールを眺めている。
一頭の白馬が走り抜けてゆく。
宇宙に閉じ込められた時間のように。
水面は一枚の黙(もだ)めくるとき散逸してくこの星の奥義
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