「もしも、2人のうちどちらかと結婚したら、母も幸せになると思うんです」
若い男は精一杯の大きな声で池崎と高畑に告げたが、その思いは届かなかった。
「なんだよ、いい加減だな。ユウカさんの中にしか幸せはないんだろう。じゃあ、結婚したって変わらないよ」
高畑に続いて池崎も否定的な意見を述べた。
「もし、どちらかと結婚したとしても、あー彼と結婚しておけばよかったと後悔し続けるかもしれない。結局のところ、シングルマザーで君を育てた未来だって、悪いもんじゃない。 父親は誰かわかんないなんて、不誠実な彼女らしいじゃないか」
しかし若い男は主張をやめなかった。
「でも、母の夢が結婚であるなら、それをなんとしても叶えてあげたいんです。
母はバカだから、自分の幸せが何かずっとわかってなかった。 よく僕が大きくなって成長して立派になって、定職についてくれれば幸せだって言ってました。
でも、それは僕の幸せであって、母の幸せとはちがう。 母は自分の夢をあきらめて、僕に人生の希望をたくすようになった。 世の中の多くの親がそうであるように、自分の夢を子どもが叶えてくれるかもしれないという無責任な夢にすがって、自己犠牲を正当化しながら生きていく。
でも、普通に考えたら親ができなかったことは、子どもにだって難しいんですよ。 そんな重いリレーはやめて、さっさと自分で叶えてほしい。 母はことあるごとに言っていました。
『母さんはね、結婚できなかったんじゃなくてしなかったの。 なんか一生一人でもいいかなって。 でも、あなたは、ちゃんとした家庭を築きなさいね。 世の中から結婚がなくなったって、あなたは、私みたいに一人になるんじゃなくて、ちゃんとともに歩けるパートナーを見つけなさいね』
母は結婚制度がなくなったことについて、口では「せーせーした」と言っていたようですが、結婚制度がなくなって、母は男をつなぎとめることができなくなったようです。 つまりは、時々で付き合う男性はいるんですが、母のわがままな態度や不誠実な態度で、いつも最終的には男に逃げられるみたいで……。
母は年をとってくるたびに痛感していたようです。
だんだん、パートナーを見つけることの難しさを。
みんながみんなそうではなかったみたいですけどね。
母の場合は、そうだった。
率直に言えば性格に難ありというか。顔以外で男をつなぎとめておく方法がなかった。
だから、うそもつくし、二股もするし、相手に対して不誠実な態度をとりまくっていたらしいんです。 そんなこんなで、不誠実な別れ方をしたり、されたりして、母の性格はどんどん悪くなっていきました。
母に言わせれば、うそをつくのも、二股をするのも、不安だからするんであって、もし結婚制度が残っていたら、こんなことはしない、と断言していましたが、どうでしょうね……相手のことを結婚していても信じられず、結局のところ、浮気や不倫を繰り返すダメな人妻になっていた可能性は高いかもしれません」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。