中東系の男を振り切り研究室に戻った菜月の前にFBI捜査官が現れた

【第2回】
ジョギング中に話しかけてきた中東系の男の言葉、「特別な遺伝子」とは何を意味するのか? 菜月の予想通り、男は研究室にまで訪ねてきたようだ。だが、菜月の前に現れたのは中東系の男ではなく、FBI捜査官の日系人青年・鈴木だった。

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「特別な遺伝子」中東系の男の言葉の意味するものは!?

「高山先生ですか?」

訛りのない日本語で突然声をかけられて、菜月はギョッとした。

顔を上げると中東系の濃い顔立ちをした男が微笑みかけていた。

仕立ての良いイタリア製のスーツに、繊細な色使いをした格子模様のネクタイを締めている。

「驚かせたらごめんなさい。大学にお邪魔したら多分ここだろうと言われまして」

流暢な日本語だった。

菜月はこれまで、自分が見てくれや人種の違いで相手を判断することなどあり得ないと思っていた。しかし、今の瞬間、自分が全く間違っていたことを思い知らされていた。明らかに、菜月は、顔を見た瞬間からこの男に生理的な嫌悪感を抱いたのである。

「失礼とは思いましたが、どうしてもお伺いしたいことがありまして」

男が完全な標準語で話しかけてくることが更に菜月の心を閉じた。

「なんでしょう」

男の顔色が変わるほどそっけない返事だった。

男は黙って向かいの椅子に腰を下ろすと、ウエイトレスを呼んだ。

「Ein(アイン) Einspänner(アインシュペナー), bitte(ビッテ)」

今度は綺麗なドイツ語だった。

「大切な人を探しています。特別な遺伝子をお持ちの方です」

振り向いて話し始めた男をじっと睨んだ。

菜月には、男と向かい合って座っていることだけでも強い抵抗感があった。

男の言葉を無視して立ち上がると、ウエイトレスに十ユーロ紙幣を手渡し、そのまま階段を駆け下りて外に出た。

わき目も振らずにミカエラー広場まで走った。

一瞬立ち止まって振り返ってみたが、男が追いかけて来ている様子はなかった。

ホッとしてゆっくりと歩き始めると、今度は罪悪感が襲って来た。

なんであんなに毛嫌いしたのだろう?

少し話を聞いてあげても良かったのに……。

大学に顔を出したと言っていた。

だとすればまた会いに来るに違いない。

あのまま話を聞いても同じことだった。

あーあ、やんなっちゃうな……。


今日は階段のところから引き返したからいつもの半分も走っていない。それなのに思った以上に汗を掻いていた。どうも昨日の出来事が尾を引いているらしい。

レジデントクォーターでシャワーを浴び、着替えると研究室に戻った。

「あれ、早いですね」

菜月の研究を引き継ぐために留学して来た後輩がちらっとこちらに目をやって言った。

最近はがっちりした男が多くなった東大で、珍しいほど典型的な草食系男子だった。ただ観察力だけは鋭い。あっという間に菜月の日常を把握している。

遺伝子操作が始まってから医学系の研究室の管理制度は強化された。遺伝子組換えによる汚染を防ぐためである。結果として、従来通り細胞や試薬を使うウエットラボと、データの解析と評価をコンピュータで行うドライラボとが区別されるようになった。

実験用装置がずらりと並んだウエットラボは厳密な監視下に置かれている。施行可能な遺伝子実験によって管理レベルがP1からP4まで分かれており、P4レベルのウエットラボは国家規模の研究所でなければ備えていない。菜月のような大学の研究者はP2レベルの実験をしていることが多いが、時折、P3レベルも必要になる。

それぞれの研究者は必要に応じて申請書を提出し、許可されてから、規則に従った方法で出入りする。分業の進んだ国では専属の技官が常駐してすべてを仕切ることが多く、菜月が留学した徳川研究室でも、そのような体制が採られていた。

対照的に、ドライラボはそれぞれの研究者に宛がわれた机とコンピュータが並ぶオフィスのような場所である。人の出入りにも制限がなく、研究者の多くはその大半をドライラボで過ごす。

ウィーン医科大学の徳川研究室のドライラボは六十平米ほどの部屋の窓側に簡単なパーティションで区切られた三つのデスク空間が設けられており、廊下側は電子レンジやコーヒーメーカを備えた簡単な台所と小さな丸テーブル、そして、L字型のソファーが置かれた共同空間となっていた。


「昨日の人、また来てますよ」

(やっぱり)

身体中に、嫌な感覚が走った。

「今、徳川先生のところだと思います」

(どうしよう)

昨日は悪いことをしたという気持ちと同時に、会いたくないという感情が湧きあがってくる。逃げ出そうかと思った瞬間に研究室のドアーが開いて、男が入って来た。

(え?)

背の高い色白の東洋人だった。

状況が把握できないままの菜月に微笑みながら近づくと、グレーのスラックスに品の良い紺色のジャケットを纏ったその男は、バッジを右手で翳(かざ)しながら自己紹介をした。

「Special(スペシャル) Agent(エイジェント)(特別捜査官)の鈴木です」

差し出された身分証にはFBIと書かれていた。

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神の遺伝子

中田力

“神の遺伝子”をさがす謎の中東系の男と米国人記者に始まる連続殺人事件。若き遺伝子学者・高山菜月は、FBI捜査官の日系人・鈴木とともに二つの謎を追いかけていく。Y染色体ハプロタイプ分析から導かれる人類の歩み。日本古代史の謎。そして救世主...もっと読む

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