バアちゃんには、目の前にあるものを何でも食べちゃうという悪癖があった。
別にお腹が空いているわけではなくとも、目の届く範囲にお菓子が置いてあれば延々とムシャムシャ食っている。
ちょうど、ホオジロザメとかと同じ習性を持っていたのだ。
テーブルの上に置いてあったお菓子を勝手に食べ、後で食べようと思っていた幼稚園生の弟がギャン泣きしたこともあった。
しかしこの世は弱肉強食…可哀想だが、そんなもんホオジロザメの眼前に食べ物を置く奴が悪いとしか言いようがない。
バアちゃんはウチに入ってくると、ゆっくりと家の中を回って獲物を探す。
目を瞑れば、バアちゃんが我が家のお菓子やジュースを捕食している様子が今でも鮮明に思い出せる。ジョーズのBGMと共に。
バアちゃんは昔の人なので、良くも悪くも遠慮がない。
文章にすると『ヤバい姑』っぽいけれども、バアちゃんは母方の祖母なのでその辺の諍いは全く無かった。
孫である僕たちも『食べられたくないものは見えるところに置かない』という習慣が身についていたので、実際バアちゃんの悪癖で困ることなんてそうそうなかった。
むしろ、この悪癖で被害を被っていたのはバアちゃん本人である。
今回はバアちゃんが『目の前にあるものを何でも食べちゃう』せいで発生した小さな事件について語っていきたい。
あれは僕が中学生くらいの頃だっただろうか、当時バアちゃんは近所に住んでいたので毎日のように遊びにきていた。
小さい頃は僕たち兄弟の子守役をしてくれて、僕らが大きくなってからもなんやかんやでバアちゃんは我が家に入り浸っていた。
肉親に対して『入り浸っていた』というのも変な言い方に聞こえるかもしれないが、本人が『お前んちでタムロしにきた』と言っていたのだから入り浸っていたで合っているのだろう。
その日、バアちゃんは朝から市場に出かけていたらしく、我が家に到着する頃にはひどく疲れきった顔をしていた。
うちから市場までは車で20分ほどの距離だったが、真夏だというのにバアちゃんは徒歩で市場まで行ってきたらしい。
我が家に到着したバアちゃんは、とりあえず何か飲み物が欲しいと思ったようだった。
ソファにどかっと座り込んで辺りをキョロキョロし始めた段階で、『麦茶でも入れるか』と母が立ち上がる。
しかし母の判断は一歩遅かった。
バアちゃんの目の前には、無造作に湯飲みが置かれていたのだ。
バアちゃんは湯飲みを手に取り、中に入っていた液体をグイっと飲んだ。飲んでしまった。
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