カセダウチ
ヴーヴー……。 ポシェット内の携帯が震える。着信名は「たいら荘」。平島(たいらじま)の漁師宿だ。「時化が来るから一便前の〝フェリーとしま〟に乗った方がいい」という連絡だった。
「大丈夫です! 今晩の便に乗るべく、すでに鹿児島におります!」
1月下旬。冬晴れの青空に桜島の白い噴煙が昇っていくのを鹿児島港南埠頭から眺めながら返事をした。 平島を初めて訪れたのは前年の9月上旬。悪石島(あくせきじま)から平島へ移動する際、平島でたいら荘に泊まると言うと、「満男によろしく!」「満男さんトコに、このキュウリ持って行って」と、あちこちから伝言を預かった。たいら荘の満男さんという人は、どれだけ人望の厚い人なんだ?! と、が然、たいら荘に泊まるのが楽しみになったコトを思い出す。
平島でフェリーとしまを下船するなり、私は不思議なモノに出会った。それは港の壁にデカデカと描かれた絵。ビロウの葉をまとい、顔がすべて隠れるほど深々とクバ笠を被った謎な人物。しかも全身をほとんど黒く塗られ、まるで妖怪。絵の左下には「福徳人(ふっとこじん)」と書かれていた。
ここ平島では、毎年旧暦12月14日に「カセダウチ」という民俗行事が行われる。その時に登場するのがこの福徳人。〝福〟とか〝神〟とか、なんだかめでたそうな文字が入っているにも関わらず、闇を背負ったようなこの神様。一体全体、どんな意味があって何をするのか?トカラ関係の本を何冊か読んでみたものの情報が乏しく、島人の話だけではイマイチわからず。コレはもう「自分の目で見るしかない!」と、冬の大時化直前に再び平島へやって来たのだった。
旧暦12月14 日。この年は1月24日がその日だった。カセダウチのメインは夜。日中はいろい ろと準備の時間だ。婦人会の直会(なおらい)用※1の料理作りも、その一つ。
「婦人会の準備を午後1時から行います」と、午前中に島内放送が流れる。トカラの場合、このお知らせ時間を鵜呑みにしてはいけない。
「南の島だから時間にルーズで、みんなすぐに集まんないんでしょ~」と、思ったアナタ。違うのです。逆なのです!その時間に行ったら物事はすでに終わってしまっているコトが多いのです!5分前集合ならぬ、30分前行動!驚愕!※2 と、いうコトを前回の来島時に学んでいた私。はりきって30分前にコミュニティセンター(以後コミュセン)にやって来た。