バレーボールを見せろ!
—— 差別されていたからこそ、「青い芝の会」が「強烈な自己主張」をおこなわざるを得なかったことがわかりました。ときには嫌がられ、ケンカをしながらも「青い芝の会」が手に入れようとしたものはなんだったのでしょうか。
荒井裕樹(以下、荒井) 「障害者運動」というと、なんだか「崇高なもの」みたいな気がしますけど、「青い芝の会」の人たちが求めていたのは平凡なことなんですよね。
第1回でお話した「川崎バス闘争」は、「青い芝の会」が「車椅子のままバスに乗せろ!」と主張して、バスを「占拠」した事件です。事前にバス運営会社と交渉を重ねたけど、まったく進展が得られなかったから行動に打って出たんです。そもそも、どうしてバスに乗りたかったのか。動機はすごくシンプルなんです。街に出て喫茶店に行きたい。買い物をしたい。当時流行っていたバレーボールを観に行きたい。そのためにバスに乗りたい。
九龍ジョー(以下、九龍) バレーボールを見せろ! と。とてもささやかな願いですよね。
荒井 彼らが主張していたのは、普通の人が、日々の生活で普通にやっていることを、俺たちにも普通にさせてくれ。それを取り上げないでくれってことですよね。
切り刻まれたおでんにブチ切れる
荒井 「そんなささいなことで」と思われるかもしれないけど、ささいなことこそ尊厳に関わるんですよ。ある日、特別養護老人ホームに入っていた花田春兆さん(※)に呼び出されて会いにいったら、すごく怒っていて、ご機嫌斜めなんです。きけば「夕飯におでんが出たけど、切り刻まれていた。切り刻んだおでんなんて、おでんじゃない!」と。
※ 花田春兆:脳性マヒ者。1925年、大阪生まれ。日本初の公立肢体不自由児学校「東京市立光明学校」(現・東京都立光明特別支援学校)卒業。身体障害者による文芸同人誌「しののめ」を主宰。俳人・文筆家・障害者運動家として多方面で活躍。日本障害者協議会副代表、内閣府障害者施策推進本部参与など公職を歴任した。長らく障害者運動の業界では「長老」のような存在感を放ち、彼に影響を受けた運動家も数多い。2017年、逝去。
そのあと有名なチェーン系の居酒屋に行きましたよ。花田さん、でっかいアナゴの天ぷらを、ばりばり食べていました。その夜は二人で赤い顔をして、消灯時間をすぎた特養(特別養護老人ホーム)にもどって、職員さんにぶつぶつ言われました。
「切り刻まれたおでんを食べたくない」というのは、わがままといえばわがままかもしれない。施設の職員さんも、ちょっと困ったなとおもっていたでしょうけど。
九龍 職員としては、のどに詰まったら困るから、良かれとおもってやっている。でも、我がこととして考えたら、やはり切り刻まれていないおでんを食べたいですよ。
荒井 「たまには食べたいものを食べたい」という理由で、花田さんはわざわざぼくを呼び出すわけです。障害者運動家のすごいところは、「呼び出せる人間関係」を日常的に作っているところですよね。これってすごくエネルギーがいることなんです。「食べたいものを食べる」というささやかな欲求も、障害があるというだけで、ハードルがすごく上がってしまう。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。