柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第28回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。二人は赤瀬探しに奔走する。
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 結局、金の切れ目が縁の切れ目だった。妻は離婚を求めてきた。そして妻と娘に金輪際近づかないようにと要求してきた。
 それは困る。観察日記を継続できなくなる。データは連続して記録するからこそ意味がある。赤瀬は妻に、理性的になるようにと説いた。しかし妻は感情のままに動き、自身の意見を曲げなかった。最後には赤瀬も折れる。このまま家族が一つ屋根の下で過ごすことは不可能だと判断した。
 赤瀬は妻子と別れ、旅に出た。Aホークツインが発売された年の年末である。寒い日だった。福寿荘をあとにして鞄一つで歩きだす。風の冷たさに人生の厳しさを感じた。自分はもうここに戻らない。駅のゴミ箱に娘の観察日記を投じて、家族との縁を絶つと決めた。
 お金を節約するためにドヤ街で暮らしながら、いくつかの会社でプログラムを書いた。すべてゲームとは関係のない仕事である。ゲーム業界からは足を洗った。ゲームを作ろうとすると、醜くゆがんだ妻の姿がちらつき集中できなかった。人の脳は衝撃的な場面を記憶してエラーを起こす。短期的な仕事をこなしながら別の道を模索するしかないと思った。
 日が経つにつれコンピューターと無縁の仕事も始める。自分は道を見失っている。そのことに自嘲しながら各地を転々とする。家を出た翌年の十一月、スーパーファミコンが発売になった。さらに翌年、バブルが弾けて短期的な仕事が大きく減った。金はないが時間だけはある。自分はなにをすべきか考えながら、着の身着のままで全国を巡った。
 秋も終わりが近づいた頃である。ある町にたどり着き、時間を潰すために公園のベンチでぼんやりしていた。垢にまみれたシャツ。何週間も洗っていないズボン。赤瀬の姿は、浮浪者と変わらない状態になっていた。
 影が長く伸びる時刻。景色は橙色に染まっている。砂場、ブランコ、すべり台。そうしたものがある敷地で、小学生や幼稚園ほどの年齢の子供たちが遊んでいた。
「鬼ごっこしよう」
 一人の子供の声が耳に届いた。
「どんな鬼ごっこ」
「うーん、すべり台鬼」
 聞き慣れない言葉に興味を持ち、声の聞こえる方に顔を向けた。そこには六人の子供が集まっていた。
「なんだよ、それ」
「鬼は、すべり台をすべってから捕まえに行く。それで、鬼にタッチされた人も鬼になって、すべり台をすべってから追いかける」
 子供たちは、あははと笑ったあと、早速鬼ごっこを始めた。赤瀬は、影絵のようになった子供たちの動きをながめる。しばらく遊んでいるうちに、ルールは次々とアップデートされていく。子が鬼に捕まらない安全地帯の誕生。子がすべり台の上に到達したら子の側が勝つルール。子が残り一人になった際の無敵時間。
 赤瀬は久しく忘れていたゲーム開発を思い出す。そしてテストプレイで感じていた子供の創意工夫の力にふたたび感心する。
 この力を見極めてみたい。胸の中に情熱が戻ってきた。ゲームを作っていたときのような、あふれ出る創作意欲が蘇る。物事を創造する子供の才能を伸ばすソフトを開発できないか。赤瀬はその製品を、パークと名づけたいと思った。
 赤瀬は、新しいテーマを見つけた。その実現にはどうすればよいか考える。日はすでに落ちていた。空には星が現れている。あの国に行くべきではないか。新しい環境で、再起を図るべきではないか。赤瀬は空を仰ぎ、アメリカ行きを決意した。

■第六章 解析

 都内。山手線の内側にある1LDKのマンション。そこで橘鋭(えい)介(すけ)は、シャワーを浴びている。
 蛇口をひねり、お湯を止めた。脱衣所に出てバスタオルで体を拭く。
 ガウンを羽織り、リビングに入った。十六畳のフローリング。窓から見える東京の夜景。壁際にある八十インチの薄型テレビには、多くのゲーム機が、切り替え機を通して繋がっている。テレビの下の台には、無数のゲームソフトが納められている。
「キュ」
 短い鳴き声が聞こえた。部屋の隅にあるケージに目を向ける。タテガミと名づけたハムスターが、こちらを見ている。橘は近づき、ケージの扉を開けた。左手で抱えて取り出し、指先でなでてやる。気持ちよさそうに声を出す。その鳴き声で、日々のストレスがやわらいでいく。

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新潮社
2018-05-18

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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