ヤマト浮上 ~宇宙戦艦ヤマト②~

2010年代に入ってから、ウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」などが次々と40、50周年を迎えている。それらはみな、単に昔のものとしてあるだけでなく、現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、これらの大半は1970年代に始まった。 1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からテレビで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

「記憶をたどりながら書きますが、公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ、事実確認をして書きます。歴史家的視点と、当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ、「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います。(筆者)


●西崎義展の幻の特撮もの

『海のトリトン』に続いて、西崎が手がけたのが虫プロ最後の作品となる『ワンサくん』だ。だが『トリトン』と『ワンサくん』の間に、幻の企画がある。西崎はもともとアニメを作りたいわけではなく、「儲かれば何でもいい」というスタンスだった。アニメがどうも儲かりそうもないので、西崎は特撮ものに触手を伸ばしていた。

脚本家の藤川桂介によると、彼が特撮もの『サンダーマスク』の打ち合わせのために赤坂の喫茶店に行ったら西崎が待っていて、強引に「特撮ものをやりたいので手伝ってくれ」と言われたという。その企画は円谷プロにいた成田亨によるデザインまで出来たところで潰えてしまい、西崎はアニメへ戻って『ワンサくん』を作ることになる。

このとき藤川が関わっていた『サンダーマスク』もまた手塚の原作である。もともとは虫プロで手塚のマンガ『魔神ガロン』を実写化しようという企画があった。しかし虫プロが倒産したので、その社員の一部が作った「ひろみプロダクション」が新たに特撮ヒーローものを企画した。手塚は元虫プロの関係者が作るというので協力して、主人公は同じだが、まったく別のストーリーのマンガ『サンダーマスク』を「少年サンデー」に連載したのだ。「原作・手塚治虫」となっているが、マンガが先にあったのではない。テレビ版『サンダーマスク』は1972年10月から73年3月まで放映されたが、それほど人気が出なかった。

西崎が作ろうとしたのは『サンダーマスク』とはまた別のもので、企画が潰えた後、成田亨がデザインしたヒーローは、72年10月から日本テレビで放映された『突撃! ヒューマン!!』で使われる。

72年春頃、西崎や虫プロの元社員たちは、72年10月スタートの番組へ向けて、あれこれと動いていたのである。しかし西崎の企画はなかなかうまくいかなかった。そのなかで唯一実現したのが、『ワンサくん』 だった。

●『ワンサくん』での音楽的実験

『ワンサくん』もまた手塚が原作だ。虫プロ商事が出していた「てづかマガジンれお」の創刊号である1971年10月号から最後の号となる72年2月号まで連載された。つまり、西崎と決別する前に手塚が描いたマンガである。だが、そのマンガの前に西崎のアイデアが存在する。

西崎は三和銀行に何らかのつてがあり、銀行が預金者や取引先に配るノベルティグッズのキャラクターとして「イヌはどうか」と提案した。「巨匠・手塚治虫がデザインするから、それを三井銀行のキャラクターにしてくれ。そうすれば手塚がマンガを描き、さらにテレビアニメにもする」という大風呂敷を広げたのだ。すると三和銀行が乗ってきた。「ワンサ」は「サンワ」をひっくりかえしたネーミングである。

西崎は手塚にイヌのキャラクターをいくつか描かせ、そのひとつが採用された。これは連載開始の前のはずだから、71年夏頃だろう。そして「れお」の9月発売の創刊号(10月号)から『ワンサくん』の連載が始まる。10月からアニメ『ふしぎなメルモ』が放映され、翌72年4月からアニメ『海のトリトン』のテレビ放映が始まるが、この時点で手塚は西崎に騙されたと思っており、絶縁宣言をしているようでもあるのだが、契約があるせいか、西崎と完全に縁を切るまでには至らない。

1972年1月に「れお」2月号が発売されたが、これが最後の号となった。『ワンサくん』は未完に終わったが、西崎はテレビアニメ化は実現させる。1年後の1973年4月から、虫プロを制作プロダクションにして、関西テレビをキー局にして放映されるのだ(1973年4月2日から9月24日、月曜夜7時)。

『ワンサくん』は西崎がアニメ化権を持っていたので、虫プロで制作することになると、西崎は虫プロの役員にもなった。西崎は『トリトン』のときよりも積極的に制作に口を出し、「ミュージカル・アニメーション」を目指すと宣言した。もともと音楽興行の世界にいたので、歌と踊りの分野に人脈がある。音楽には宮川泰を起用し、日劇の演出家である日高仁にも協力してもらった。

ミュージカルと謳っただけあって、『ワンサくん』は毎回のように新曲が作られ、当時のアニメとしては音楽を重視した作りになっていた。『宇宙戦艦ヤマト』は宮川泰の音楽なくしては考えられない作品となるが、その前哨戦として『ワンサくん』があるのだ。こうして『ワンサくん』は「虫プロ制作の手塚アニメ」だけれど「手塚は関与しない」という複雑な背景事情のもとで制作、放映された。

僕は『ワンサくん』は見なかった。同時間帯にNETで放映されていた横山光輝原作の『バビル2世』を見ていたのだ。中学1年生男子としては、たとえ手塚先生の原作でも、子供向けのイヌのミュージカルよりも本格SFである『バビル2世』のほうが面白そうだったのだ。横山光輝の原作を「少年チャンピオン」で読んでいたからでもある。

1973年の虫プロは劇場用アニメ『哀しみのベラドンナ』を製作し、6月に公開されたが、興行成績は惨敗に終わった。テレビアニメの受注もできなくなっており、『ワンサくん』が9月に終わると、その次の仕事は何も決まっていない。同年8月に虫プロ商事のほうが先に倒産した。虫プロ商事と虫プロはまったく別の会社なのだが、世間と銀行からは同一視され、虫プロへの融資が止まり、結局11月に夏に倒産した。

虫プロのテレビアニメは『鉄腕アトム』に始まり『ワンサくん』に終わったのだ。

倒産時、西崎がどのように動いたかはよく分からない。すでに西崎は自分の会社「オフィス・アカデミー」を改めて設立しており、SF作家でかつて虫プロにいた豊田有恒やシナリオライターの藤川桂介、そして虫プロにいた山本暎一などと本格SFアニメの企画を練っていた。宇宙人による地球侵略にどう立ち向かうかというストーリーだった。この時点ではまだどのテレビ局も乗ってこなかった。

この新企画が、後の『宇宙戦艦ヤマト』だった。

●ヤマトが登場した頃のアニメ、特撮

1973年9月に『ワンサくん』の放映が終了し、11月に虫プロは倒産した。『宇宙戦艦ヤマト』が登場するのは約1年後、74年10月のことだ。西崎義展はその間に虫プロから撤退し、新会社で次のアニメの企画を練っていたことになる。

『宇宙戦艦ヤマト』の「原作者」が松本零士なのか西崎義展なのかについては、後に両者間で裁判にまでなる。だが最初にテレビで放映されたとき、僕やクラスメートは「松本零士が原作者」という認識で『宇宙戦艦ヤマト』を見ていた。「西崎義展」の名が話題になるのは、1977年に劇場用アニメが公開されてからだ。

戦艦大和が蘇って宇宙戦艦になるアニメが始まる—そんな情報を得たのは「少年サンデー」か「少年マガジン」だったと思う。第一回が始まる数日か数週間前で、それなりに期待して、僕は放映日を迎えた。そしていまふうに言えば「想定外の出来」に驚き、感動し、興奮した。1974年10月、中2の秋である。

1974年秋はウルトラマンは『レオ』(74年4月から75年3月)、仮面ライダーは『アマゾン』(74年10月から75年3月)が放映されていた時期だ。ウルトラマンは「レオ」で、ライダーも次の「ストロンガー」でいったん終わるので、かつての勢いを失っていたことになる。それに代わって元気だったのが「マジンガー」シリーズで、4月からは『ゲッターロボ』が新たに始まり、9月に『マジンガーZ』から『グレートマジンガー』に交代したところだ。

中2の僕は、これらの特撮もの・アニメを追いかけることはしていなかった。アニメは卒業しつつあり、『太陽にほえろ!』や、大映テレビの「赤いシリーズ」「白いシリーズ」などを楽しんでいた。『宇宙戦艦ヤマト』は、そんなアニメを卒業しようとしていた世代に「待った」をかけたのである。それは『巨人の星』や『あしたのジョー』が、マンガを卒業しようとしていた高校生・大学生に対して「待った」をかけたのと同じだった。

歴史は繰り返す。

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nyanmage_x "「巨匠・手塚治虫がデザインする…さらにテレビアニメにもする」という大風呂敷を広げたのだ。すると三和銀行が乗ってきた。「ワンサ」は「サンワ」をひっくりかえしたネーミングである。" えええっ! 26日前 replyretweetfavorite

NakagawaYusuke 宇宙戦艦ヤマト編第二回。ようやく松本零士登場。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite