”天才”は客観的評価があるものを努力する

東大を首席で卒業、財務官僚、弁護士など、華々しい経歴を持つ山口真由さん。自身のキャリアを「才能ではなく、努力を続けることでつかんだ」と断言する彼女が語る、「努力を技術化し、天才的成果を上げるためのメソッド」を連載「天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。」でご紹介します。

お料理教室よりゴルフが正解

 私は幼い頃にお絵描き、英語、習字、ピアノを習っていました。

 このうち、ピアノと習字の話をしたいと思います。

 ピアノの練習の基本は、エチュードの繰り返し。つまり、同じ練習曲を毎日、何度も弾き続けることです。

 しかし、私はこれがとても苦手でした。

 ピアノを習い始めたのは、小学校に入る前で、小学校に入学してからは、1日30分、ピアノの練習をするのが日課でした。この時間が苦痛で苦痛でたまらなかった私は、練習を始めてすぐに、母に向かって、「ねぇ、いま何分経った?」と聞いていたそうです。

 母は「5分よ」とさらりと答えます。

「え? それしか経っていないんだ……」

 そう思いながらも、その後も私は5分ごとに母に同じことを尋ね続けたそうです。「いくたびも雪の深さを尋ねけり」と詠んだ正岡子規を思い出す度に、恥ずかしくなるようなくだらない質問です。

好きなことをやっている30分と嫌いなことをやっている30分では身体で感じる長さがまるで違います。ピアノの練習をしている30分は、遊んでいる30分と比べて、信じられないくらい長い。私は、母が私に嘘をついているのではないかと疑ったほどでした。そのため、同居していた祖母にも同じことを聞きました。しかし、祖母から出てきた答えも「5分よ」だったのです。

 当たり前ですが、私の「ピアノ」はまったくものになりませんでした。

 一方、ピアノよりもなんとか続けることができたのは習字でした。ちなみに私は習字が好きだったわけではありません。むしろ、ピアノと同様、そこまで面白みを感じることはできませんでした。

 そのため習字も人に自慢するほど、ものにできなかったものの、それでもピアノよりはまだ、継続して努力し続けることができたのは事実です。

 このふたつの違いはなんだったのでしょうか?

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

本連載が一冊にまとまった新書版

この連載について

初回を読む
天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。

山口 真由

東大を首席で卒業→財務省官僚→弁護士→ハーバード留学という経歴を持つ山口真由さん。山口さんいわく、「私は天才ではない。普通の人」であり、「天才的な成果をあげることができるのは、努力を続けられる人だけ」という。努力を続けることこそ、最も...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません