柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第27回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利だけを買い取った、開発者の赤瀬裕吾が行方不明であること。二人は赤瀬探しに奔走する。
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 発売された当初のファミコン用ゲームは、任天堂が発売したものばかりだった。しかし、翌年夏にはパソコンソフト大手のハドソンと、業務ゲーム機最大手のナムコが、ライセンスを受けて参戦した。ハドソンはナッツ&ミルクや、ロードランナー。ナムコは、ギャラクシアンや、パックマン、ゼビウス、マッピーを出した。さらに翌年にはタイトー、コナミ、カプコン、ジャレコが参入する。タイトーは、スペースインベーダー、ちゃっくんぽっぷ、エレベーターアクション。コナミは、イー・アル・カンフー、けっきょく南極大冒険、ハイパーオリンピック。カプコンは、1942。ジャレコは、エクセリオン、フォーメーションZ、忍者くん 魔城の冒険などを投入した。この合計六社を任天堂は、初期ライセンス企業として優遇した。
 同年、その他の企業の参加も始まる。FLAPPYのデービーソフト、ジッピーレースのアイレム、ドアドアのエニックス、スーパーアラビアンのサン電子、アストロロボSASAのアスキーなど、複数の企業がゲームをリリースした。
 その流れに乗り、白鳳アミューズメントでもファミコンソフトの開発が決まり、ラインの一つを赤瀬は任された。赤瀬は、発売されているソフトを片っ端から取り寄せて研究した。当時の任天堂との契約では、年間三本までしかゲームを発売できなかった。のちに五本まで許可されるが、次々と短時間でゲームをリリースできたのは赤瀬のラインだけだった。
 開発チーム運営にあたり赤瀬が重視したのはテストである。多くの小学生を会社に招き、実際に遊ばせて感想をヒアリングした。ファミコンと言うだけで、子供たちが勝手に集まってくる時代だった。赤瀬は、完成品がどう遊ばれるかにこだわった。その思いは、子供たちと開発室で付き合ううちに、徐々に変わっていった。
 夏の昼下がりの開発室。テレビを横から見ていた赤瀬は、驚きの声を上げる。小学生たちは、大人が想像もしない方法でゲームを楽しむ。彼らは、あらゆる操作方法を試して、ゲームを掘り下げていく。壁の上に飛び乗れば、ゴールの向こうに行けるのではないか。倒せない敵は、大量に弾を撃ったら倒せるのではないか。
 また、ゲームをしながら内輪のルールを考えて、遊びの幅を広げていった。タイムアタック。縛りプレイ。アイテムコレクション。バグを利用した攻略。赤瀬は、それらをノートに書き留めて、改良のアイデアにした。彼は、子供たちの創意工夫に脱帽した。
 子供の成長を一から見てみたい。そうした気持ちが湧いてきたのは、小学生たちとのテストプレイの結果だった。赤瀬は、妻とのあいだに子供を作ろうと決める。お見合いで結婚した恋愛感情のない相手。しかし、ともに子供を育てて家庭を築くことはできる。赤瀬は多くの時間を会社で過ごしながらも、可能な限り帰宅しようと努めた。
 しかし妻は、子供の遊びを仕事にしている夫を軽蔑していた。赤瀬がファミコンゲームを開発し始めたのは結婚後だ。最先端の企業で働いているという触れ込みだったのに、最初の話と大きく違うではないか。妻は落胆の色を隠さなかった。
 家庭では言い争いが絶えなかった。発端はいつも妻である。赤瀬の仕事を否定し、貶(おとし)める。赤瀬は妻に期待を抱かなくなった。そして自分で稼いだ金は、すべて自分で管理するようにした。生活に必要な予算を提出させ、添削して金を渡す。それ以上の金を、不要なものとして妻に一切手を触れさせなかった。
 夫婦の仲は、日を追うごとに悪化した。問題があれば解決したくなるのがエンジニアである。赤瀬は改善のための策を立てた。子供ができないほど関係を悪くするのは、得策ではないと判断したからだ。
 すべてのデバイスは、入力と処理と出力で成り立っている。赤瀬は、妻に対する入力をコントロールすることにした。具体的な方策として妻に渡す金を多くした。その頃、赤瀬には余裕があった。作るゲームが次々と売れ、多額のボーナスをもらっていた。いつまでも続くとは思えなかったが、金で丸く収まるならよいと考えた。
 結婚して三年後に待望の子供が生まれる。誕生したのは娘だった。妻の房枝という名から一字取り、静枝と名づけた。この赤子は、いつゲームに興味を持ち、どのように遊ぶのか。興味深い観察対象を得た。赤瀬は、大学ノートに記録をつけることにする。一日、一行ずつの短い観察日記。目的の現象を目撃するまで何年かかるか分からない。しかし貴重な資料になると思った。
 子供ができると大きな負荷が家族にかかる。人に聞いた話では、五、六歳になる頃まで、その負荷は夫婦を疲弊させるという。赤瀬は子育てを妻に任せた。専業主婦の妻は一日中家にいる。自分は仕事をするために一日のほとんどを会社で過ごす。役割分担は自明だと思われた。しかし、妻はそう考えなかった。一人にすべてを押しつけて、外で遊んでいると主張した。
 妻にとって、ゲームは低俗な子供の遊びでしかない。そのゲームを作っている赤瀬は、仕事をしているのではなく、遊んでいるのだと見なされた。もしそうなら、赤瀬が稼いでくる金は、どこから発生しているのか。赤瀬は、妻の非論理的な思考が理解できなかった。
 家に帰れば罵倒が待っている。なんのために帰宅するのか分からなかった。妻とは顔を合わせたくない。しかし、娘の観察記録はつけたい。赤瀬は可能な限り長く会社で仕事をした。社長とともにコンピューターを見て歩き、その購入を手伝った。業界の偉い人たちが集まる飲みの席にも、呼ばれるままに参加した。そして、家には数日置きに帰る生活を送った。
 赤瀬はわずかな時間、娘を見て、その記録をノートに書き留めていく。
 ──帰宅した俺に、笑いかけてきた。
 ──じっと観察していると寝返りを打った。
 ──ここ数日、ものをつかむようになる。今日は、枕元の折り紙を握り潰した。
 苦しい家庭生活の中で、娘を見ているときだけ幸福だった。赤瀬には、この生活が長く続くとは思えなかった。いつか破綻が来る予感があった。

 赤瀬の人生が大きく変わったのは、結婚から四年が経った春のことだ。自分を盛り立ててくれた社長が癌で引退して、新しい社長がやって来た。森下毅一(もりしたきいち)。アメリカ帰りの四十代の男。向こうの大会社で若くして取締役まで行った人物だという。
 彼はなにか勘違いをしていた。効率という言葉を声高に叫び、最小のコストで最大の利益を上げることを社員たちに強いた。森下が最初にコストカットしようとしたのはテストプレイだった。無限に費やされる遊ぶ時間。その時間を削れば人件費を大幅に減らせると主張した。
 赤瀬は断固として反対した。開発予算の半分以上を、テストプレイに割くべきだと言った。しかし森下は聞く耳を持たない。森下は社内への部外者の立ち入りを禁じた。テストプレイに参加していた小学生たちを閉め出すことで、テストの期間を短縮しようとしたのだ。
 表向きは規律の強化。本当の目的は、開発期間の短縮による営業利益の拡大。ゲームを含むソフトウェアは、テストが最も重要だと赤瀬は考えている。どうすればよいか。赤瀬は会社近くのビルに部屋を借りて、小学生たちによるテストプレイをおこなった。
 会社とテスト部屋の往復のせいで、仕事の効率は落ちた。その結果、家に帰れない日が増える。社長の森下とも対立した。森下は社内の意思決定権はすべて自分にあると主張した。そして、赤瀬のゲームに口出しをしてきた。
 Aホークツイン。
 そのとき開発していたゲームに、森下が横槍を入れてきたとき、包丁を手に取り、刺してやろうかと思った。森下はゲームを一度だけプレイしたあと言った。
「こんな難しいものは子供に与える必要はないよ。もっと単純で猿でも遊べるようなものにしろ」
 森下は自社のゲームを遊んだことがなかった。それどころか、これまで発売されたファミコン用ソフトの一本すら触れたこともなかった。赤瀬と揉めに揉めたあと森下は、社長権限でAホークツインの仕様を削った。以前出たAホークの続編なのに、前作よりもやり込み要素が少ないゲームになったのである。
 その年の夏、Aホークツインはリリースされる。それは翼をもがれた鷹でしかなかった。赤瀬はその日、屋上にのぼり、大空から墜落する鷹の姿を見た気がした。赤瀬はそのゲームに、個人的な思いを盛り込んでいた。そうした要素は、すべてなくなってしまった。
 骨抜きになったゲームを、赤瀬は封印ゲームにすると決める。ありとあらゆる手段で森下を追い詰め、ゲームの権利を自分に譲渡させようとする。ゲーム雑誌に、森下の所業をすべて暴露すると宣言した。手持ちの白鳳アミューズメントの株を、ライバル企業に売却すると脅した。やめて欲しければ、Aホークツインの全権利を渡し、ゲームの追加製造をせず、販売を終了しろと迫ったのである。
 最終的に、赤瀬の貯金のほとんどと自社株の返還で、ゲームの権利については決着がついた。赤瀬はAホークツインのロムや資料を、すべて焼却することに決める。しかし、他の社員たちから、マスターデータとその資料だけは残してくれと懇願された。ゲームを購入した人たちのサポートに必要だ。彼らにはなんの罪もない。社員たちの主張はもっともだった。赤瀬はそれ以外のすべてを会社の庭で燃やした。
 退職し、その報告をしたとき、妻は奇妙な笑い声を上げた。貯金をほぼすべて使い果たしたこと。そして一本のゲームの権利を買ったこと。妻の目は血走り、その体は粘土をひねったようにねじれた。罵倒の言葉が空気を引き裂き、無数の家具が宙を舞う。子供がいるのになんと危ないことをするのだ。赤瀬は憤りながら妻の奇行を止めようとした。

2018年6月号は連続特集「『ポケモン』から20年と未来の日本ゲーム」、俳優・藤原祐規さんインタビュー、恒川光太郎さんと伊藤朱里さんの特別短編など。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

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新潮社
2018-05-18

この連載について

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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