雷の音で蘇る、虐待の記憶

人材派遣会社の営業マンとして働きながら、国民的アイドルグループの作詞もしている楢崎淳也(ならざき じゅんや)。二足のわらじ生活で疲弊した彼は、不可思議な宝石店主・蟹江に助けられ再起する。ある嵐の夜、淳也は雷と父の怒号に怯えていたいつかの情景を思い出す。(毎週月曜日更新)

illust:ひうらさとる

 いつのまにか、ソファで眠ってしまっていた。

 突然、夜を貫くような轟音と、壁にまで届く稲光で目を覚ます。蟹江たちはそれぞれの部屋に戻ったようだ。僕にタオルケットをかけてくれたのはパテーか。

「山の天気は変わりやすい」と蟹江から聞いていた通りで、穏やかだった昼とは様相が変わっていた。雨が窓を打ち鳴らし、だんだんと間隔が短くなる落雷の音に、僕は雷が大嫌いだったことを思い出す。

 僕は雷の音が怖くて、ぺしゃんこの布団をかぶっていた。雷鳴に負けないほどの怒号がして慌てて台所へ駆けつけると、虎雄が居間にある簡易テーブルを蹴飛ばしたところだった。

「俺がこんな目に遭うのはお前たちのせいだ」と静子と未知香に言いがかりをつけている。宿題をしていた未知香に「女は勉強なんていらんことするな」と怒鳴った。目つきが気にいらないと手をあげようとして、すぐに母さんがあいだに入ってかばう。

「俺の邪魔ばかりしやがって」と母さんは壁に頭を押しつけられた。稲光に写し出された母さんの顔はまるで能面のようだ。

 家で嫌な思いをすれば、布団の中に身を隠す。幼い頃から、常夜灯を消して眠ることができなかった。布団から顔を出した時にも暗闇なのは耐えがたいから。僕も未知香も長年同じ寝具に潜り続けていて、それはボロボロだった。

 突然、リビングが真っ暗になってしまった。鼓動が迫ってくる。タオルケットをかぶってみたものの、薄すぎて心もとない。
 地底の奥深くに杭を打ち込むような爆音が続く。すぐそばに落ちた衝撃とともに、閉じた瞼を突き破って閃光が襲ってきた。

 僕は既視感のある喫茶店にいる。

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夜明けのポップス

藤瀬聖子

主人公の楢崎淳也(ならざきじゅんや)は、人材派遣会社で営業として働きながら、人気アイドルグループの作詞も手がける作詞家。しかし二足のわらじ生活は、彼の心身を徐々に蝕んでゆく。そんなおり、訪れた箱根の山中で不思議な女性に出会い……。嵐、...もっと読む

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