時の首相夫人も着たミニスカート

短めのパンツで「くるぶし」を出して白いスニーカーを履いている「くるぶし系」の男性がたくさんいます。数年前からチラチラ見かけられましたが、誰もが履くようになってきた今、おそらくオシャレ先端層は嫌気を感じて、くるぶし系から引退して、別のファッションを採用し始めているでしょう。かつてはミニスカートもそんな存在でした。「おしゃれ」とされるモノの変化について考えます。

タンスの肥やしになっている古い服ってありますよね。久しぶりに引っ張り出してきてみると、なんか古くさくてちょっと着れないかな、と思って、またタンスに戻す。断捨離すればよいのですが、破れたりして着られなくなったわけではないので、また肥やしになります。

私たちが、服を着なくなるのは、すり切れたり破れたりしたからだけではありません。「流行遅れ」になったから着なくなるのです。流行なんてなければいいのに、と思う人もいれば、流行っているファッションに心ときめく人もいると思います。今日は、なぜ流行が起こるのか、ということを考えてみましょう。そこで登場して頂くのは、ゲオルグ・ジンメルという1世紀以上前に活躍した哲学者・社会学者です。

ジンメルが生きたヨーロッパは階級社会でした。そのため階級の違いが流行を生み出すメカニズムで大きな役割を果たすと考えました。それを次のように図解してみました。3つの階級からなる世の中を仮定してみます。

流行は上流階級から生まれます。図で言うと新ファッション【A】です。この【A】は、しばらく立つと、その下の階級である中流階級の間にも拡がります。なぜかというと、中流階級は上流階級に憧れを抱いており、同じような存在になりたいからです。それをこの図では「同質化」と呼んでいます。

しばらくすると、中流階級でも広まった【A】を下流階級もまた真似し始めます。なぜなら下流階級は中流階級に憧れを抱いており、同質化したいからです。

その一方で、上流階級は【A】を身にまとうことを嫌がり始めます。なぜかというと、下々の人々、つまり中流階級が同じ【A】を着ているからです。中流階級とは一緒にされたくないのです。それをこの図では「差別化」と呼んでいます。そこで、上流階級は【A】を捨てて新ファッション【B】を着るようになります。

同様のことは、中流階級と下流階級の間でも起こります。中流階級は、下流階級と一緒にされたくないので、上流階級に遅れて【A】を捨てて、そして憧れの対象である上流階級が採用した【B】を着るようになります。中流階級に憧れる下流階級は、今度は【B】を着るようになります。

皆さん、もうお分かりだと思いますが、上流階級は【B】を捨てて【C】を着るようになります。そして滴(したた)り落ちるように、【C】が中流階級や下流階級に普及していきます。こうして新ファッション【D】【E】【F】…が次々と生まれ、それらが下の階級に広まっていくのです。

いま滴り落ちると言いました。このたとえから、ジンメルの流行理論は、トリクル・ダウン理論と呼ばれています。「トリクル・ダウン」とは、まさに「滴り落ちる」という意味です。

この理論で考えられている人間像は、誰かと同質化したい一方で、誰かから差別化したいという気持ちを抱いている、というものです。図では、中流階級から同質化と差別化の矢印が出ていますよね。このように同質化と差別化という真逆の価値観を抱いている人間を想定しているということで、トリクル・ダウン理論は「両価説」と呼ばれることもあります。

さて、21世紀現在のこの世の中では、流行はどのように生まれているのでしょうか?上流階級からトリクル・ダウンしているのでしょうか?確かに現在も階級というものは存在していますが、どうもそれだけではないようです。

例えば、デニムはもともと、ゴールドラッシュ期のアメリカの鉱夫の作業着だったということはご存じだと思います。しかし今では3万円を超えるような高級ブランドのデニムまでありますよね。ハイファッションに取り込まれていったのです。

あるいは、ストリートファッションだったミニスカートは、フランスのファッションデザイナーであるアンドレ・クレージュによって1965年に「ミニ・ルック」として発表されると、世界的な人気を博すようになりました。特にイギリス出身のモデルのツイッギーは、ミニスカートの普及に大きな役割を果たしたと言われます。彼女は1967年に来日し、日本でもミニスカートブームが起こります。1969年には、佐藤栄作首相夫人が訪米したときにミニスカートを着たことも話題を呼びました。

デニムとミニスカートは、ファッションは上流階級から下流階級にしたたり落ちたのではなく、逆に「滴り上がった」例だと解釈できます。これを「トリクル・アップ」と言います。労働者とかストリートの人々のファッションは、ジンメルの生きた時代であれば、上流階級が採用すべきものではありませんでした。しかし、現在ではそれも「あり」になったのです。

さらに階級という軸ではなく、オシャレへの関心度という軸で言えば、この「追いかけっこ」のようなトリクル・ダウン理論は成り立ちそうです。

いま短めのパンツで「くるぶし」を出して白いスニーカーを履いている男性がたくさんいます(この前、そういった人は「くるぶし系」と呼ぶと新聞社の人から教えてくれました)。オシャレに敏感な人がそうしだしてから、数年経つと、そうでなさそうな人(失礼)も、同じような格好をし出します。このファッションがもっと普及すると、おそらくオシャレ先端層は嫌気を感じて、くるぶし系から引退して、別のファッションを採用するだろうと予想できます。実際、もうそんな人は出てきていると思います。

こういった例は枚挙にいとまがありません。ぼくが初めて教えた頃のゼミの学生が「裏原宿系」についての卒業論文を書きました。彼が調べたところによると、裏原宿系がブームになると、同じような店が裏原宿でたくさん出店するようになります。そうすると、先駆け的な裏原宿ブランドはそれを嫌がって、別の場所に移転したそうです。普及してしまった裏原宿系と差別化しようとしたのですね。

ファッションって難しいです。何がオシャレなのか、ということを理解できる狭いコミュニティでの暗黙の了解が広く一般人に広がると、その了解がご破算になるのです。オシャレであることと希少性は裏腹の関係にあるのです。こうした問題を考える上で、トリクル・ダウン理論という古めかしい理論は今でも役に立ちそうです。タンスの肥やしにしておくにはもったいないですね。

まとめ:ファッションとは追いかけっこである。

この連載が単行本になります! 9月25日発売予定。

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今さら聞けないマーケティングの基本の話

松井剛

何気なく使っているマーケティング用語。そのことばの裏には、あなたのビジネス、さらには世の中の見方を変える新たな視点が隠れています。一橋大学経営管理研究科・松井教授が、キーワードをゆったりと、しかし的確に解説するこの連載。他人の成功体験...もっと読む

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