illust:ひうらさとる
「セシィ?」
「ステッドラーのマネジメント会社の社長セシィと友達なのよ。T‐POPとJ-POPのコラボなんて言ったら、喰らいついてくるわよ。面白そうって」
「セシィさんと仲が良いから、僕の泊まった部屋にポスターがいっぱい貼ってあったんですね」
「違うわよ。あれは和歌子のだから」
「娘さん?」
「そう。七年前に裏の蟹江ガーデンで死んじゃった愛娘。藤棚にスカーフをくくりつけて脚立から体を落っことしてね。台風で倒れないようにって藤棚の補強をしたばかりだった。東京にも家があったんだけど、そっちではなく箱根を選んだのよね」
「言いたくないことなら、話さないで大丈夫です」
「淳也ちゃんが聞きたくないのか」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ、耳の穴を全開にして、聞いてあげて。蟹江のカミングアウトを。和歌子はね、学生の頃から付き合っていた男が和歌子よりひとまわり年下の女に走ってから、おかしくなっていったのよ。
三ヶ月もすれば、時間が癒してくれると思っていたけれど、完全に読みが外れたわ。食べられなくなって痩せていったの。
その頃、和歌子は電話オペレーターの派遣の仕事をやっていたんだけど、派遣切りにも遭ってね。元彼氏は同じ職場でバイトから社員になってマネージャーを任されていたの。彼の新しい女は和歌子の後輩という関係ゆえ、つらかったでしょうよ。結局、同時に男も職も失っちゃった。
重なる時は重なるみたい。追っかけていたT‐POPのアーティストに交際報道があって。その相手がまた和歌子のひとまわり年下。またひとまわり下かってツッコミを入れたくなったわ。それもできなかった。和歌子があまりにバランスを崩していて、腫物に触るような接し方になっていたから。
当時、私はジュエリー販売会社の経営をしていたもんだから、和歌子はうちの会社に来ればいいと思っていたし、金持ちの男でも見つけてやろうくらいに思っていたわ。
もうひとつ誤算があってね。和歌子の中学時代からの友達が、和歌子に精神安定剤を渡していたの。素人が勝手に判断しちゃだめなのよね。和歌子の死後、その友達はよかれと思って渡していたって、泣きながら謝りに来た。
薬の影響もあったのか、ある晩、いきなり死んじゃった。突発的にって言いたいけれど、ちゃんとね、あの子、正装して亡くなったのよ。メイクなんてばっちりだった。髪もアイロンでセットしてあった。綺麗な顔だったわ。
私は仕事に夢中で、気づいてやれなかった。まさか死が和歌子の選択肢にあるだなんて思わなかったもの」
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