illust:ひうらさとる
母さんと僕たち兄妹の血は繋がっていない。それでも母さんと僕と未知香の三人には、いつしか連帯感が生まれていた。
初めて母さんに会ったのは、僕が十歳、未知香が九歳の時だった。学校から帰ったら、見知らぬ女の人が料理を作っていた。色が白く、身体が透けそうなほど痩せている。薄緑色のエプロンが小さな身体を包んでいた。
その頃、虎雄は千円札だけ置いて、数日間、家を空けることが多くなっていた。僕と未知香はインスタントラーメンを袋から出し、何もつけずにそのまま齧って空腹を紛らわせることもあった。
初めて会った母さんはハンバーグを作っていた。給食以外で食べる初めてのハンバーグ。夢かと思うほどの味に僕と未知香は我を忘れて貪る。
母さんが小料理屋の女将をやっていたというのを知ったのは、近所の人からだ。そのおばさんは町会議員をしていた。
学校から帰る時間に近所の人たちで集まっては、ひそひそと話をしている。
「淳也くん、家にいる女の人、綺麗ね。新しいお母さん?」
無視して家に入っていく。未知香も帰りに捕まったらしい。未知香は僕よりだいぶ社交的だ。大きな声で近所の人たちに挨拶をするという感心な妹だった。そんな未知香には別の情報を知らせていた。
「料理屋で働いている女の人がおうちにいるんだってね」
母さんは僕たちに余計なことは何も言わず、ただ毎日、料理を作り続けていた。ハンバーグは最初だけで、あとは切干大根やひじきや豆腐の味噌汁だったけれど、とても優しい味がした。
僕たちは取りたてて何かを話すことはしなかった。三週間もすると未知香は母さんにしなだれかかるようになっていたが、僕はまだ警戒を解かない。
ある日の夕方、ドアチャイムが激しく鳴った。母さんが玄関に出ると、黒い服を着た男たちが三人で一斉に部屋に上がり込んできた。
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