実家が、外国人窃盗団に襲われた

人材派遣会社の営業マンとして働きながら、国民的アイドルグループの作詞もしている楢崎淳也(ならざき じゅんや)。二足のわらじで暮らす彼だが、天職は職業作詞家だと思っている。六本木のバーで弾き語りをして日銭を稼いでいた頃、実家の経済は完全に破綻した。(毎週月曜日更新)

illust:ひうらさとる

 作詞だけでは親まで養えない。黙々と人材派遣営業をやった。派遣社員をゼネコンや大手設計事務所に紹介するコーディネーターと言われる営業を始めて六年が経つ。

 作詞の取材だと自分に言い聞かせて、派遣社員たちと茶や食事をし、よく話を聞いていた。
「淳也さんに話すとすっきりする」と言われる度に、歌詞のネタにできないかと考えていることを心の中で詫びながら。

 派遣切りにあった五十歳の女性の話をランチタイムに聞いていた。「便利な働き方を選んだのは自分のはずなのに、この歳になってキャリアが積み上がっていないことに気づいて途方にくれた」と彼女は話していた。

 クビを切られて目が覚めたという。人のせいにしていてもしょうがないから、また生まれ変わったつもりで仕事を探すと話してくれた。

 どこか寄りかかるような少し前の彼女とは違って、今後の心配を微塵も感じさせない。
「結局、結婚はしなかったし。今さらだけど、もっとしっかり将来を考えておけばよかったです」
自嘲気味に言う。

「淳也さん、若い派遣の子に教えてあげてください。二級建築士の資格にでも挑戦しておけばよかったです。私はもう間に合わないけれど、若い子はまだ大丈夫だから」

「間に合わなくないですよ。いくつになっても始められる。『終わりの始まり』って、僕、前に歌詞に書いたことがある」

「そうですね。派遣でいいやと思っていたけれど、自分で限界なんて決めないでもっとやりたい仕事をやっておけばよかった」

「これからやればいいじゃないですか。女の人はきっと百歳まで生きる時代になると思うんです。まだ折り返し地点ですよ。僕の知っている人は七十歳で起業しました。無農薬野菜の販売会社です。その前までは専業主婦。旦那さんが病死してから、病気になる前の生活が大事だと気づいたと言って、そのための会社を立ち上げたんです」

 一級建築士資格を持っていても、派遣切りに遭う人がいた。派遣先の責任者は世代交代をし、今では四十代前半が主流となっている。いくら一級建築士であっても、彼らより年上の派遣人材は使いにくいという理由で敬遠されるのだ。資格保有者が有利なわけではない。
 資格を使ってどう戦うかまで考え抜いた上で、取得をゴールではなくスタートにすれば、サバイバルしていけるだろう。

 生き延びるのには、武器が必要なんだ。作詞というささやかな武器を精一杯ふりまわしている僕にだって、明日の保障は何ひとつない。

 営業マンの前は、六本木のバーで七十年代ソウルのカバー曲をギターで弾き語りしていた。夜の九時から午前二時までで時給千円。たまにチップが少々。仕事の後、当時住んでいた高円寺までの電車はないから、朝までファストフードで時間をつぶす。

 今はJ‐POPを仕事にしているけれど、もともと好きな音楽は切ない系のコード進行の曲だった。とりわけソウルミュージックのコード感が好きだ。不安定なコードを入れると途端にソウルっぽく聴こえた。お気に入りは9thや13thで、もはや手癖のように押さえているテンションコードだ。メロディではなくコードに執着して、全体に漂う雰囲気を味わっていた。

 たまにオリジナル曲を演らせてもらったが、僕がつくる曲は、到底売れそうになかった。
「雰囲気重視の曲なんてありえない。もっとサビがくっきりした曲をつくりなよ、淳也ちゃん」
店の近くにあるテレビ局の若手社員が言う。彼はいつも違うキャバクラの女の子を連れてきていた。

 金曜の終電が終わった頃、店に残っていた六十歳くらいの紳士に声をかけられた。半蔵門で従業員が十五名ほどの建築設計事務所を経営しているという。

「今度、新しく建築専門の人材派遣会社を立ち上げます。そこで営業を探しているのですが、契約社員として興味はありませんか。出勤日を選べます。私は音楽が好きです。音楽をやっている人を応援したいと思っています。うちの派遣の女の子はシンガーソングライターをやっていて、週末は吉祥寺で路上ライブをしていますよ。彼女にはずっと歌い続けて欲しいと思っています」

 深夜のバーで酔っ払い客を相手に演奏するのにほとほと嫌気が差してきていたので、願ってもない話だった。

 淳也のように履歴書に短期間のアルバイトしか書けないミュージシャンは、年々、就ける仕事が減っていく。

 音楽をやりながら、低賃金で工場勤務をしている仲間も少なくない。徹は、年下に荷物を隠す嫌がらせをされながら、今も工場で危険物を扱うアルバイトをしていた。
 車を借りる時に僕が払う気持ちばかりの金が工場に一日いる額とさして変わらないため、徹は喜んで仕事を休み、僕に車を貸すと言っていた。
 コンビニバイトが外国人にとって代わられ、実家に戻って親の介護をしている仲間もいる。親が死んだらどうしようと不安を口にしながら。

 六本木にいた頃、僕は将来に希望など持てず、ギャラのかわりに呑ませてくれる酒をあおってはキャバクラ嬢を口説くためのBGMを歌っていた。煩わしそうに睨んでくる酔客もいる。いやなことなんてゴマンとあった。営業などやったことはなかったけれど、音楽を続けるために週四日勤務にしてくれる社長に報いたいと心から思った。

 同じ頃、虎雄の経済は完全に破綻した。いつか起こるのではないかと予感していた事件がやってきた。

 外国人窃盗団が虎雄の家、つまり実家に入ったのだ。

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夜明けのポップス

藤瀬聖子

主人公の楢崎淳也(ならざきじゅんや)は、人材派遣会社で営業として働きながら、人気アイドルグループの作詞も手がける作詞家。しかし二足のわらじ生活は、彼の心身を徐々に蝕んでゆく。そんなおり、訪れた箱根の山中で不思議な女性に出会い……。嵐、...もっと読む

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