ヘミングウェイの短編をもし三宅香帆と一緒に読んだら

ヘミングウェイのたった6ページの短編を一緒に「読んで」みましょう。最大限「この小説は、実は何を書いているのだろう……」とセンサーを全開にして読むと、「猫がほしいと駄々をこねるだけの夫人の話」が、「子どもを産むか産まないかの話」になり、「アメリカとイタリアの国家の話」に見えてくる!
「京大院生が選んだ人生を狂わす名著50」がリニューアルして、cakesオリジナル定期連載。


ヘミングウェイの6ページの短編を一緒に「読んで」みよう

 前回、読書の秋に外国文学を読んでみましょうよ! というお話をしました。
 で、前回は「読み方」編だったのですが……今回は「実際に読んでみる」編です!
 秋の夜長に読んだことのないジャンルに挑戦してみようかしら、しかし最初何から読めばいいのかわからない……というそこのあなた、わたしと一緒に、実際に海外文学を読んでみましょう!!

 用意していただきたい本は、

『ヘミングウェイ全短編1 われらの時代 男だけの世界』
(ヘミングウェイ、高見浩訳)新潮文庫

 短編集なのですが、なんせひとつずつの話が、とても短いんです。
 今回とりあげる短編『雨のなかの猫』なんて、なんと、文庫本6ページ!!!
 すごくないですか。6ページって。星新一もびっくりの短さ。

 しかし短いからって、簡単な話じゃないんですよこれが……。ぼーっと読むと「はれ? なんの話?」と首をひねってしまいそうな、だけど真剣に読むと奥が深くて息を呑んでしまう、傑作短編小説なんです。
 というわけで、一緒に読んでみましょう。


 手元に本がない方のためにどんな話かと説明しますと……

 主人公はイタリアのホテルに滞在する若いアメリカ人夫婦です。
 ホテルで妻が窓の外を眺めていると、子猫を見つける。雨が降る中、子猫は緑色のテーブルの下で濡れまいとちぢこまっている。興味なさげな夫を横目に、妻は子猫をひろおうと階下へ向かう。
 フロントの前には、イタリア人であるホテルの支配人がいた。彼は一礼する。老人だが威厳があり、いつも役に立とうとしてくれる支配人に妻は好感を抱いていた。
 しかし外に行くと、雨の中のテーブル下に、子猫はいなかった。妻は失望感に襲われる。「あたし、子猫がほしかった」と彼女は着いてきたメイドに言う。
 妻が戻ると、支配人はまだフロントにおり、また一礼した。
 部屋に帰った妻は、読書していた夫に「とてもほしかったわ、あの猫」と何度も言う。そして「子猫がほしい、銀器が揃ったテーブルで食事がしたい、新しいドレスが何着かほしい」と夫に言う。夫は「いい加減にして」と読書へ戻ってしまう。
 妻は「とにかく、いますぐに猫がほしい」と言う。
 すると、突然、メイドが部屋にやって来た。
 その腕には……「支配人からお渡しするよう申しつかりました」と、でっぷり太った三毛猫が抱えていられていたのだ。

 はい、ここで終わり。これだけの話なんですよ。6ページ。アメリカ人夫婦の、イタリアのホテルでの一コマ。
 一読しただけでは「なんのこと?」とはてなマークが浮かびそうなお話ですね。
 しかし、しっかり読むと、かなり深いお話なんです……。

 というのも。
 奥さん、過剰なまでに「猫がほしい」って言うんですよ。「え、俺が行こうか?」と一応言う夫を振り切って、「わたしが行く」って雨の中をわざわざ見つけにいくし。いないとわかっていても、何度も何度も「猫がほしかった」って言う。
 ちらっと見ただけの猫を、こんなに「ほしかった」って言うって……いったいなんなのでしょう?


結論は、子猫=子ども

 結論を先に言うと……わたしは、初めて読んだとき、「この猫は暗に「子ども」のことを表現してるんじゃないか」と思ったのです。

 まず注目したいのが、「雨の中のテーブル」の下で「丸まっている」子猫。
雨の中で丸まるって、羊水のなかで丸まる胎児のことなんじゃ……と考えてしまう。

 さらにそのテーブルは「緑色」。テーブルなんて色をわざわざ書かなくてもいいじゃないですか。だけど書いてある。しかも2回も。なんなんだろう?  と考えると、「green」って「緑色」以外に「まだ未熟な」とか「若々しい」って意味がある。青葉のイメージですからね。ってこれ、まだ未熟な「胎児」のイメージに貢献してる? なんて、考えすぎだろと言われちゃいそうですが。
 だけど、子猫=子どもと考えると、妻が夫の「(猫を拾いに僕が)行ってやるよ」という言葉に対して、「ううんわたしが行く」って振り切るのも頷けます。あれは自分の子猫なのだ、という母の確信でしょう。

 しかし、妻が外に出ると、猫はいません。
 そのとき、妻はこう言います。「ああ、ほしかったわ、あの猫。あたし、子猫がほしかった」(英語だとOh, I wanted it so much. I wanted a kitty.でして、この「a」か「the」か問題がまたさまざまな解釈を生むのですが……)。
 妻は結局、窓の外から見た子猫を、一瞬見えた子猫を、手に入れられない。そして帰ってから夫に彼女はせがみます。

「あたし、なめらかな髪を後ろに引きつめて、自分でさわれるような大きな髷をゆいたいの」「膝にのせて撫でてやると喉をゴロゴロ鳴らすような、そんな子猫もほしいし」「それにあたし、自分の銀器がちゃんと揃ったテーブルでお食事がしたいし、ろうそくもほしい。季節は春がいいわね、それで鏡台の前にすわって、髪をくしけずりたい。それに子猫もほしいし、新しいドレスも何着かほしい」(『雨のなかの猫』(『ヘミングウェイ全短編1 われらの時代 男だけの世界』(新潮文庫)所収)より引用)

 そう。ここでわかるのですが、彼女にとって実は「子猫」とは、「銀器」や「鏡台」や「ドレス」の中のひとつだったのです。
 となると、もし子猫=胎児だとしたら? きっと彼女にとって、「子どもがほしい!」と言うときの「子ども」とは、生活の中で育ててゆく存在というよりも、「可愛くて愛せる存在」なのではないでしょうか。
 だからこそ彼女は、「窓から眺めているとき」しか子猫を見つけられない。窓を隔てて、距離をもって見ているときにこそ、可愛い子猫はそこにうずくまっている。だけど手に入れることはできないんです。だって彼女にとって子猫(=子ども)は、ドレスや銀器みたいにショーウィンドーから眺めるものだから。
 しかし物語は、奇妙な場面で終わります。いきなりメイドから、妻に猫が手渡されるのです。「でっぷり太った三毛猫」が。
 猫がほしいと夫にせがんでいた彼女のもとへやって来たのは、あの可愛い子猫ではなく、でっぷりと太った三毛猫なのです。

 このラストにはさまざまな解釈があると思いますが……わたしは、もし子猫が彼女の「理想の子ども」なのだとすると、実際に差し出されたでっぷりと太った三毛猫は「生活の中で育ててゆくことになった子ども」だったのだと思います。
 つまり、こんなはずじゃなかった、彼女が手に入れるのはもっと違うと思っていた、だけど実際に彼女のもとへやって来た子ども。未熟な彼女が予想もしていなかった、きれいなドレスや食器とはちがう、本当の子ども。そんな存在こそが「でっぷりと太った三毛猫」なのではないか、と。
 そう考えると、『雨の中の猫』という短編は、「子どもを産むか産まないか」あるいは「産みたいと妻は言うけれど、その後に待っている現実は?」といった、現代にも通じる重いテーマを描いた小説なのだと気づきます。


読んだあとに、調べてみる

 ここでちょっと調べてみると、執筆時ヘミングウェイは23歳で、妻のハドリーは31歳だったのだとか。うーむ、その年齢を見るかぎり、妻が子どもをほしいと言いつつも、それをひややかに見る夫……という基底音も聴こえてくるような気がしてしまいますね。もちろん、妄想に過ぎませんけど。
 そしてさらに妄想を踏み込んでみると、なぜアメリカ人の夫婦の話なのに、わざわざ「イタリア」に行った話なのか……という微妙な疑問が湧いてくるんですよね。
 登場人物は、若くまだ未熟で「いろんなものがほしい!」と述べるアメリカの夫婦と、老成しており威厳もあるイタリアの支配人とメイドです。なんだか、「イタリア=ヨーロッパ」という伝統ある国と、「アメリカ」というまだ若い国の対比が見えてきますよね。
 そして物語中、多感なアメリカ人の妻は老成したイタリア人の支配人に好意を抱きますが、彼が妻に届けたのは、理想と違ったでっぷりと太った三毛猫だったのです。
 こう見ると……なんだか一読したときとは違い、ふっと不安がもたげるような重たいものが残りませんか? 本当に「子猫」はただの「子ども」なのか? 1924年発表という時期を考慮すると、アメリカがイタリアに差し出されそうなもの、とは?
 ……ぜひ、読んで一緒に考えましょう。


 こんなふうに、こまやかに、最大限「この小説は、実は何を書いているのだろう……」とセンサーを全開にして読むと、意外とちがったふうに読めてきます。思ってたより、ものすごく深いことを書いているのでは!? と。そう思ったらもうあなたも読書沼入りです! ウェルカム!
 この秋は海外文学デビューしてみませんか? お仲間が増えることを楽しみにしてますっ。

この連載について

初回を読む
わたしの咀嚼した本、味見して。

三宅香帆

人気連載【京大院生が選んだ「人生を狂わす」名著50】がリニューアルして再スタート! 書籍『人生を狂わす名著50』の著者であり、現役の京大院生で文学を研究し続ける24歳の三宅香帆が、食べて、咀嚼して、吐いた本の中身を紹介するブックガイドです。

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コメント

ikb あー、そういう解釈を入れての読み方、おもしろい。(訓練したことないので、すぐにはできないとおもうけれど) 6日前 replyretweetfavorite