鎌倉の家

旬を味わう、鎌倉おいしいものカレンダー

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

センス・発想・景色も味わう、鎌倉の春

 三月十一日は相模湾のしらす漁の禁漁開けだ。一月一日から始まった禁漁がこの日から解禁になる。

 いつの頃からか鎌倉界隈はしらすが名産品となり、街じゅうに「しらす」の文字があふれている。私が一番おいしいと思うのは片瀬江ノ島の「浜野水産」の釜揚げしらすだ。相模湾でとったしらすを茹でるだけだから、どこで買っても大差はないように思うかもしれないが、ここのものは感触も味わいも格別である。船が帰ってきたら陸にあげずに釜茹でするそうで、そのせいなのかふわふわとしている。塩辛すぎないけれど潮の風味がしっかりとある。

 毎年三月には、春の味覚と称して、知人友人にお店から送ってもらう。せっかく禁漁が明けてもシケが続くとしらすはとれず、春の先駆けとはならなかったりもする。その上、最近は人気が増してきて、ちょっと出遅れると順番待ちになり、ゴールデンウィーク過ぎの出荷になんてこともあった。凝った外食や高級な珍味に慣れている人ほど、これにハマってくれる。中には新しい味わい方を発明した人もいる。外食産業に勤めている友人は、炊きたてのご飯に釜揚げしらすをたっぷり盛り、醤油をほんの一滴とレモンを搾って黒胡椒をガリガリするという。早速試してみると、意外にも胡椒がしらすにあうのだった。

 四月の初めは必ず「オールドファッション・ド・ストロベリーショートケーキ」を食べに行く。鎌倉山にある「ハウス  オブ  フレーバーズ」がこの時期数日間限定でクラシックなレシピの苺のデザートを出すのだ。ショートケーキの原型になったレシピを再現したものだそう。スポンジではなくビスケットのような生地に煮詰めた苺が挟まれている。ピッチャーに入った濃厚な生クリームをかけつつ、ビスケットの部分を崩しながら、苺を味わう。

 この店はチーズケーキで有名だが、単なるケーキ屋さんではないし、いわゆる喫茶店ともちょっと違う。コーヒーだけでは利用できなくて、メニューは二種類のケーキとコーヒーか紅茶のセットのみ。鎌倉山の谷に浮いているような木の葉型の建物は寡作で知られる建築家・齋藤裕氏によるものだ。鎌倉山に投げ出されたような空間で、店内もまた独特。私はこの建築物で曲線と光の雄弁さを知った。

 ハウス  オブ  フレーバーズはホルトハウス房子さんのセンスと齋藤裕氏の発想と鎌倉山の景色を味わう空間なのだ。たまに価格設定で文句をいう人がいるけれど、そういう人は便利なコーヒースタンドにでも行けばいいと思う。

 五月になったら「美鈴」の「昇鯉」。宝戒寺のそばにある上生菓子の店で、通りから奥まったところにある。店までの細い小道が美しく、学生の頃、母にここへのお使いを頼まれるとこの道を歩くのが嬉しかった。昇鯉は求肥と大角豆のシンプルなお菓子で、半透明な求肥の水色が春と夏の間の季節によく似合う。

 この時期は、鎌倉駅裏駅のイタリア料理店「ジョイア」の花ズッキーニのフライも楽しみだ。この店は畑を持っていて野菜は全て自家製。六月になる頃にオン・メニューの青トマトのジャムとリコッタチーズのブルスケッタも毎年欠かさず食べたい一品だ。トマトが赤くなる前に採ってしまえるのは、自分たちで畑を持っているからこそだろう。

こんな女の人がいたら……魅惑の「マロン・シャンテリー」
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甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

この連載について

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甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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