鎌倉の家

口の中に青空が広がるような味わいの湘南の地酒

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

口の中に青空広がる湘南の地酒

 「雨過天青」を知ったのは長谷の日本料理「田茂戸」である。

 品書きを見て、字面にひかれた。きれいな名前のお酒だなあと思った。その名の通り、口の中に青空が広がるような味わいだ。さらさらとして、甘過ぎず辛過ぎず、まろやかな感触。どうだ、おいしいだろう、と威張っていないところがいい。

 茅ヶ崎市にある熊澤酒造のものだという。鎌倉界隈に酒蔵があるとは知らなかった。

 早速熊澤酒造に足を運んで、もう一度驚いた。いわゆる造り酒屋のイメージはまったくなく、ちょっとしたアミューズメントパークのようなのだ。中庭のゆったりとしたテラス席を囲むように、蔵を改造したカフェやベーカリー、イタリアン、和食店、雑貨屋などがある。熊澤酒造では人気の地ビール「湘南ビール」も手がけていて、その工場も併設されている。

 友人の渡邉季穂さんのお母様が急逝された時、雨過天青を持ってお焼香に伺った。季穂さんの経営するトータルビューティーサロン「uka」と「雨過」が重なっただけでなく、雨が降っても必ず晴れるよというメッセージを込めた。ずいぶん経ってからそのことを季穂さんに伝えたら、「雨過とukaとは、まったく気がつかなかったわ」と笑われてしまった。

 以来、鎌倉の二つお隣の茅ヶ崎のお酒を地元のものとして手土産にしたり、お世話になった方への贈り物に使っている。熊澤酒造で品切れだった時、鎌倉の山田屋本店なら在庫があるかもしれないと教えてくれた。そちらに連絡を入れてみると、「ありますよ。うちは天青も雨過天青も絶対に切らさないから」との返事。早速、鎌倉宮近くの山田屋に向かった。

 百七十年もの歴史がある酒屋で、応対してくださった店主は五代目だ。六代目の息子さんと一緒に店を切り盛りしている。地元の酒を育てる活動をしており、熊澤酒造との関わりも深いという。「天青」について、いろいろと教えてもらった。天青ブランドには、風露、吟望、千峰、そして雨過の四種類がある。山田屋の店内右奥にある広めのセラーの上の段が雨過天青の定位置だ。

 天青とは中国の故事にある「雨過天青雲破処」という言葉からで、雨が過ぎ去り雲の裂け目から見える空のような青の色を指す。直木賞作家の陳舜臣氏が名付け、ラベルの文字も氏が書いた。

早春の味覚、朝しぼり

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鎌倉の家

甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

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鎌倉の家

甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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ririkong 更新されています。 約1年前 replyretweetfavorite