鎌倉の家

エレガンスに初めて触れた14歳の夏

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

エレガンスを知った十四の夏

 八月十日はかつて鎌倉花火大会の日だった。曜日に関係なく、この日付。鎌倉の人にとって夏一番のお祭りで、特別な日である。

 私たち家族も毎年、ゴザを持って由比ヶ浜まで二十分かけて歩き、浜で見た。八月十日は、永遠に続く気がしていた夏や夏休みがもうすぐ終わるのだという現実を思い出す日でもあった。

 あの年、十四歳の夏の花火大会は忘れられない。東京から、向田邦子さんがデザイナーの植田いつ子さんと女優の加藤治子さんと一緒にいらした。お昼頃、花火大会の開催を告げる空砲がとどろく中、三人は玄関に入っていらした。出迎えた私は、どこがどう違うのかはわからないけれど、彼女たちの佇まいから今まで会ったことのない種類の女の人たちだと感じ、緊張した。

 向田さんはバッグから細長い白いスニーカーを出した。

「いつ子さん、花火は砂浜で見るから、ハイヒールじゃ歩きにくいわよ」

「気がつかなかったわ。ありがとう、邦子さん」

 植田さんはゆったりした口調で答えた。加藤さんは小さくうなずいた。

 向田さんは、ブランデーが好きな父に、三人でお世話になるからとブランデーグラスを六脚お土産に持ってきてくださった。

 私たち家族とお客様三人で早めの夕食をとった。スズキの刺身と鰺のたたき、かますの焼き魚など。家にしては珍しい白味噌のお椀にはよもぎ麩が入っていた。この日の献立が古い日記にわざわざ書いてあった。

 十四歳の私は、エレガンスという言葉は知っていたけれど、具体的にそれがどういうものかはわからなかった。あの日、初めてそれに触れた気がする。

 真っ青な空に少しずつ暗闇がにじんでいく頃、いつもと同じようにゴザとお茶を持って、みんなで由比ヶ浜海岸へ向かった。手ぶらが好きな父は、百円のお駄賃で弟にゴザを持たせた。

 花火大会の日は海岸線だけでなく裏の道までもが満員電車のように混んで、馴染みの酒屋さんや甘味処はこの日だけ店先でコーラやかき氷や綿飴なんかを出している。私は毎年ねだってみるのだが、母が買ってくれたことは一度もなかった。でも、その年はそんなものにはまったく興味のないふりをした。

 当時は今より砂浜が広かったが、それでも浜はあふれんばかりの人、人、人。私たちは波打際ぎりぎりのところにゴザを敷き、花火が始まるのを待った。ゴザを通して少しずつ冷たくなっていく砂の感触が身体に伝わってくる。今年も夏が通り過ぎていくのだなあと思った。

ムー一族とザ・ベストテン

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鎌倉の家

甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

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鎌倉の家

甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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