鎌倉の家

私の東京生活を終わらせたサーフィン

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

学校が退屈すぎてサーフィンデビュー

 海辺に散歩に行くと、海の上を鳥のようにすいすいと飛んでいる不思議な人たちを時々見かけた。それがサーフィンというものだと知ったのは、中学生になってからのことである。

 初めてサーフボードに触ったのは高校生の時だ。学校が退屈で、通学の途中、天気がいいと江ノ電を途中下車し、ふらふらと海岸に行った。何があるわけでもない。ただ波を見ながら、学生鞄を枕に昼寝や読書で時間を潰した。考えなしの女子高生なりに、平日の昼間に制服で浜に寝っ転がっているとそのうち補導員か何かに見つかるのではないかという不安があった。

 海ではサーファーたちが波と遊んでいる。昼寝にも読書にも飽きたある日、海岸線から少し奥まったところにあるサーフショップのドアを恐るおそる叩いた。サーフィンをやってみたかったし、ウェットスーツを借りれば制服姿でうろうろすることはない。一石二鳥ではないかと考えた。サーフショップの人は、制服姿の私にあっさりウェットスーツとボードを貸してくれた。制服と学生鞄を預けて、海に入った。周りのサーファーたちの見よう見まねで、ボードに這いつくばり、手足をバタバタさせてみた。運動神経には多少の自信があったけれど、波に巻かれるばかりで、ちっとも波に「乗る」ことができない。

 陽の光も潮の香りも波の感触も気持ちよかったけれど、サーフィンにはほど遠かった。

 それから二十数年が経ち、再びサーフィンをやってみたくなったのは、芝浦の高層マンションに部屋を借りていた時だ。

 それまでも都心に仕事用の部屋を借り、鎌倉と行き来する生活を送っていた。狸穴町の古いマンションが取り壊しになり、ミーハーな気分でぴかぴかの高層マンションの二十五階に引っ越した。ところが、木でできた海辺の家で育った私にはどうにもこうにも合わなかった。マンションと繋がっている向かいのオフィスビルは真夜中でも各階に明かりがついている。不眠はひどくなり、首や胸元に湿疹ができた。しょっちゅう気分が落ち込んで、週末、鎌倉の家に戻るとほっとするようになった。134号線をジョギングすると、海を謳歌するサーファーたちがまぶしく見えた。また海に入ってみたいなあと思った。

波の上ではエルメスもアルファロメオもどうでもよくなる

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鎌倉の家

甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

この連載について

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鎌倉の家

甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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コメント

matukimijp #スマートニュース 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

sanukimichiru なんというかハードロックな現実だ https://t.co/OWtw4FqCyz link先はサーフィンと鎌倉の話である    サーフィンは究極の自然といえば海 海はそこにあってそこには住めない    山はそこにあってそこに住… https://t.co/WS676AUHFa 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

gemmakentaro やっぱりサーフィンはいいな。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

funifuni09 #スマートニュース 約1ヶ月前 replyretweetfavorite