鎌倉の家

我が家のお風呂は五右衛門風呂

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

幼心にも珍しかったうちのお風呂

 鎌倉の家は越してきた当初、五右衛門風呂だった。

 聞き慣れない人も多いだろう。鉄製の風呂桶が細長い大きな鍋のような形状をしているものを、五右衛門風呂と呼ぶ。蓋は真ん中についた木製で、それを含めてご飯を炊くお釜によく似ていた。はじめて見た時、これがお風呂? と思った。昭和四十年代の前半のことで、日本人はまだ「ジャクージ」なんて言葉さえ知らなかったけれど、それでもこの奇妙な形のお風呂が現在進行形のものではないことは三歳の子供でもわかった。

 台の下に焚き火のための穴が作ってあり、薪で火を焚いて、お湯を沸かす。薪はたまに買うこともあったが、たいていは庭の木の枝を使っていた。母と一緒に海を散歩すると、流木を拾ってくるのが習慣だった。流木は数日間乾かしてからくべる。今のように着火剤はないので、新聞紙や枯れ葉がその役割をしていた。父や母が火をおこすのを積極的に手伝った。たちまち姿を変えていく火は物語そのものだった。最初はぼそぼそとつぶやくようだった火が、たちまちたからかに歌うようになり、時としてどなったりもする。薪をくべると、火と言葉のない会話をしているような気になった。夕方の裏庭、薄暗い中で火に照らされている景色は、いつも見るそれとは違って見えた。

 鉄製のため底が熱くなるので、風呂桶の中には小さなイカダ状の板がある。お湯の上に浮いている板に乗り、それを沈めるようにして入浴する。板の浮き沈みが楽しく、子供には玩具のひとつだった。

 脱衣所の窓は曇りガラス、赤銅の四角い洗面台と相まって、時代がひとつ後戻りしたような空間だった。今でも具体的に覚えているのは、あの場所の様子が高度経済成長に入る前の日本を形にしたものだからではないだろうか。ものすごい勢いで加速していく世の中の風景を楽しみつつも、心のどこかでついていけない気持ちがかすかにあり、その分だけ古ぼけた風呂場と脱衣所の風景が鮮明に心に残っているのだ。

煙突掃除人を怖がっていた幼い私

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鎌倉の家

甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

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鎌倉の家

甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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