本の虫、車にぶつかる
初めて自分の部屋を持ったのは、小学校三年生の時だった。二階の物干し台に面した納戸部屋である。布団や茶箱を置く低い棚を利用して簡単なベッドを作ってもらい、勉強机を入れるともういっぱいになってしまった。窓はなく、小さな電球がぶら下がっている、四畳半にも満たない部屋だったけれど、私はこの部屋をとても気に入った。小さいからこそ、自分のためだけの空間という気がした。この部屋で本を読み、空想にふけり、日記をつけ、忘れた頃に宿題を片付けた。
穴ぐらのような部屋を出て物干し台に行くと、広々とした裏山が広がる。カラスやトンビが飛んでいたり、リスが木々を飛び回っていたり、時には蛇が現れたり、そこにはさまざまな隣人がいた。物干し台といっても私の部屋の三倍ほどはある。夏には、洗濯機の横にビニールプールを出して、水遊びもできた。
幼稚園の頃、絵本を買ってもらい字を覚え、本を読むのが大好きになった。藤沢のデパートで本を買ってもらうと、江ノ電で二十分ちょっとで着く稲村ヶ崎駅までの間にたいてい読み終えてしまった。
まだ「作家」という言葉を知らなかったので、大きくなったら「お話作り家」になるといっていたらしい。
小学校に入ると、学校の帰りに本を読みながら歩いていて、熱中するあまり歩道をはみ出し、車と接触したこともある。本に頭を突っ込んだ子供が目の前にふらふらと現れたのだから、車を運転していた方は驚かれただろう。ぶつかった瞬間は視界が大きく揺れたが、幸いほんのかすり傷だった。近くの診療所で手当を受けている時も物語の続きが気になって、駆けつけた母があきれていた。
我ながら面白い、私の処女作
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