3】オーバー・スイング・シンドローム

22年目、39歳になった衣笠は極度の不振に陥った。思ったように結果が残せなかった原因をトレーナーは素振りのしすぎによる様々な悪影響にあったと指摘した。わかっていたながら、それでも衣笠は素振りを続けた。衣笠の実直な一面を描いた山際淳司「バットマンに栄冠を」cakes連載版、第3回。

 原因は分かっていた。
 昨シーズンのスランプの原因である。

 シーズンオフに衣笠は視力検査を受けた。目が衰えたことが、バッティングに影響しているのではないかといわれたことがあったからだ。

 その検査が終わると、かれは晴ればれとした顔をしてみせた。何でもないということだったよ。視力も落ちていない。あくまで気持ちの問題だったんだ。気分を切りかえればOKさ……。

 広島カープのチーフ・トレーナー、福永富雄は、衣笠の視力についてはさほど心配していなかった。
 かれはもっとほかのことを心配していた。

 衣笠と福永の付き合いは古い。

 衣笠がプロ入りしたとき、福永はすでにカープにいて今の仕事に近いことをしていた。当時、かれはまだ学生だったが、兄がトレーナーとして球団に出入りしていたので、その手伝いをしながら、トレーナーの仕事をおぼえつつあった。

 年齢が近いこともあって、よく一緒に遊んだ、という。衣笠は昭和40年にカープにスカウトされた。京都の平安高校でキャッチャーをしていた選手だった。ドラフト制度ができる一年前のことである。当時のカープの白石監督は、アメリカ製のキャッチャーミットを、衣笠にプレゼントした。期待されてプロ入りしたわけだった。ところが、すぐに衣笠は肩をこわしてしまう。セカンドに満足に送球できなくなって、このままではプロでやっていけないのではないかというところに追いこまれた。

 もう一つ、まずいことがあった。衣笠はプロ入りするとまもなく、契約金の一部で中古の外車を買いこんだ。デカイクルマに乗るのがプロだというのが、衣笠の言い分だった。監督が国産の軽自動車に乗って球場にやってくる。そのすぐ隣に、衣笠の濃紺のボディのフォードギャラクシーが駐車する。どっちが監督のクルマか分からない。それは仕方ないとしても、そのクルマで事故を起こしたときは冷たい視線にさらされた。誤って人家の塀に突っこんでしまったのだ。それで一時期、衣笠はチームのオーナーに免許をとりあげられていた。

 そのころ、衣笠はよくトレーナーの福永の部屋に遊びにきた。おしゃべりをしていると、それだけで気分がまぎれたのかもしれない。

 衣笠がカープの中心選手として育っていくのと、福永が、トレーナーとしてのノウハウを蓄積していくのと、時期が重なっている。

 衣笠の連続出場記録が話題になってくると、福永は以前にも増して衣笠のフィジカルコンディションに関心を寄せるようになった。

 福永は衣笠の体を、いつも驚嘆の思いで見てきた。ケガをしても、回復力がとても早い。ちょっとした骨折は、ゲームに出ながらであっても、簡単に原状に戻してしまう。

 だから、40歳になってもあそこまでやっていられるのだろうと思うのだが、そこまでタフであっても心配な点が一つだけあった。

「オーバー・スイング・シンドローム」
 と、福永はそれを呼んでいた。

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衣笠祥雄 最後のシーズン

山際淳司

2018年に亡くなったプロ野球界の往年のヒーローである衣笠祥雄と星野仙一。彼らと同時代に生き、信頼も厚かった作家は、昭和のレジェンドたちをどう描いてきたのか。8月に発売された山際淳司のプロ野球短編傑作選。 本連載では、表題作でもある「...もっと読む

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コメント

koichiro_yama “それでも振ってしまう。衣笠にはそういう一面がある。「やるだけのことをやっておけば、あとで後悔しないからね」──というのが衣笠の考え方である。” 23日前 replyretweetfavorite

feilong “22349” https://t.co/TCoG15qjn3 24日前 replyretweetfavorite