1】23回目の開幕戦

鉄人・衣笠祥雄にとって、23年目のシーズンは特別な意味を持っていた。「江夏の21球」の作家・山際淳司が衣笠の現役最後の1年間をつづった「バットマンに栄冠を――衣笠祥雄の最後のシーズン」cakes連載版、第1回。

 ロッカールームに人はいない。
 今日はナイター練習なので、選手たちは夕方になって姿をみせるだろうという話だった。

 球場が、オフのあいだに改装された、という。「ヤンキースタジアムほどじゃないけどね」と、衣笠祥雄はいっていた。それでもいちおう見ておく価値はあるよ、と。

 ヤンキースタジアムの話がでてきたのは、このオフに衣笠祥雄がニューヨークに行き、冬のヤンキースタジアムを見てきたからだ。ヤンキースタジアムも何度か改装されて、昔の面影はない。しかし、衣笠は興味深そうだった。かつて、その球場でベーブ・ルースや、ルー・ゲーリッグがプレイしていたからだ。

 ベーブ・ルースは、衣笠の一番好きな選手だった。背番号3。衣笠も同じ背番号をつけている。もう一人のルー・ゲーリッグは、当時、アイアン・ホースと呼ばれていた。鉄の馬。タフな男で、休むことなくゲームに出つづけた。そして、ルー・ゲーリッグはついに二一三〇試合連続出場という記録を作ることになった。十数年にわたって、一日も休むことなくゲームに出つづけたのだ。以後、だれもその記録に近づくことはできなかった。

 衣笠祥雄は、プロ入り23年目のシーズン、そのルー・ゲーリッグの記録を追い抜こうとしていた。そのために、かれに残された最後のコーナーをまわろうとしているところだった。

 広島球場は内野に新しく二階席がつくられていた。記者席も広くなった。
 ロッカールームもすこし広くなった。一軍選手用に一部屋、ロッカーを増設したからで、そちらには主に若手選手が入ることになった。
 従来の、一塁側ダグアウトから通路に出て直進、つきあたったところにあるロッカールームはレギュラー選手たちが利用している。

 そのほぼ正面に、広島カープの背番号3のロッカーがあった。ユニフォームがハンガーにかけられている。グラブが見える。練習用のグラブだろうか。なにもかもがキチッと整えられていた。棚に帽子が置かれている。その帽子に特徴があった。ちょうど耳の上あたりの部分をきゅっとしぼった感じだ。他の選手たちの帽子を見てみると、耳の上のそのあたりが広がってしまっている。
 帽子の「型」の作り方の問題だろうと思えた。

 ある会話を思い出した。

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この連載について

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衣笠祥雄 最後のシーズン

山際淳司

2018年に亡くなったプロ野球界の往年のヒーローである衣笠祥雄と星野仙一。彼らと同時代に生き、信頼も厚かった作家は、昭和のレジェンドたちをどう描いてきたのか。8月に発売された山際淳司のプロ野球短編傑作選。 本連載では、表題作でもある「...もっと読む

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kiq “かれは1月に40歳になっていた。 (【2】タフな男であるはずだった。 は 9月25日(火)に掲載いたします)” 約1ヶ月前 replyretweetfavorite