衣笠祥雄という〝ホンモノ〟との出会い 序に代えて・犬塚星司

2018年に亡くなったプロ野球界の往年のヒーローである衣笠祥雄と星野仙一。彼らと同時代に生き、信頼も厚かった作家・山際淳司は、昭和のレジェンドたちをどう描いてきたのか。8月に刊行されたプロ野球短編傑作選『衣笠祥雄最後のシーズン』から、表題作「バットマンに栄冠を」を特別編集で連載。連載にあたっての犬塚星司さん(山際淳司の一人息子)による寄稿を掲載します。


2018年に刊行された『衣笠祥雄最後のシーズン』

『衣笠祥雄 最後のシーズン』は、9つの野球ノンフィクション作品を収録した短編集となっている。

 標題にある衣笠祥雄のほかにも、星野仙一・根本陸夫・村田兆治・東尾修・荒木大輔・落合博満・田淵幸一・江夏豊といった、往年の名選手・名監督を取り上げた作品が収められている。
 著者である父・山際淳司(本名・犬塚進)は、1995年に46歳の若さで亡くなっているので、当然のことながらこの本は、新たな書き下ろしではなく、「再録」である。

 9作品の背景となる時代は主に1980年代と90年代。「昭和後期から平成初期」と言い換えてもいい。たとえば、村田兆治や落合博満が着ているのはロッテオリオンズのユニホームで、根本陸夫が監督するのは完成したばかりの福岡ドームを本拠地とするダイエーホークスだ。川崎球場、クラウンライター、南海、大洋ホエールズ、(パ・リーグの)2シーズン制など、当時を知る読者なら懐かしさを感じるであろうキーワードが次々と出てくる(ストライク─ボールのカウントの順序も、当時の原文のままになっているので、ご注意いただきたい)。

 ここに収録されているどの作品にも共通しているのは、そこに描かれているのが、彼らの輝かしい成績やスターとしての側面から一歩踏み込んだ、生身の人間としての横顔であることだ。ふと口をついて出るぶっきらぼうで断定的な人生訓や、彼らが物事を語るときの口調やリズム感、あるいは作品の中で言及される歩んできた道のりを通じて、彼ら一人一人のキャラクターが描き出されていく。

 私たちが普段メディアを通じて見慣れているのは、日々の結果(スコア)やそこでの談話(コメント)といった「事実」で報じられるスポーツの語られ方だ。長い時間軸の中からシーンとシーンの断片を集めて人物像を浮き上がらせていく語り口は、編集室でフィルムをつなぎあわせた映画を見せられているようだ。


山際淳司さん

 僕自身の話をすると、この本の登場人物たちの中で、物心ついてからキチンとお会いしてお話をしたことがあるのは、星野さんと衣笠さんのお二人だけだ。

 星野さんとお会いしたのは2003年、星野監督が阪神を18年ぶりのリーグ優勝に導いた直後のことだった。当時19歳だった僕は、大学を休学して「山際星司」の名前でライターをしていて、NHKの星野仙一取材班の末席に加えていただく形で、インタビュアーをさせてもらったことを覚えている。

 シーズンを通しての戦いや、ファンやメディアからの注目について聞いていく「取材」が一通り終わったあと、父はどんな人間でしたか、と聞いた僕に、開口一番「何も面白うなかったな」とニヤッと笑って告げた星野さんの口調に、お互いを認めあった大人同士の友情が垣間見えた。
 「俺はお前と野球の話をしたかない、もっと別の話をしよう、と言うんだけどもさ。好きなんだな、勝負とか野球というか、スポーツというものが」
 星野さんは、記憶を嚙みしめるようにそう続けた。

 衣笠さんとはじめてお会いしたのは、2017年6月。これはつまり、お亡くなりになられる10か月ほど前にあたる。
 新書『江夏の21球』の発売を機に、山際淳司の一人息子(=僕)が、「当時の山際さんを知る人と対談する」という企画が立ち上がり、その第一弾のお相手が衣笠さんだった。
(前編 https://kadobun.jp/talks/16/9d745539
(後編 https://kadobun.jp/talks/17/045b156b

 1980年に発表された「江夏の21球」という作品の主人公はマウンド上の江夏豊だが、ファーストを守る盟友・衣笠祥雄も、ピッチャーの孤独な心情を瞬時に理解する重要な存在として登場する。

 はじめてお会いする〝鉄人〟は、ともかくカッコよかった。その鋭い眼光は数えきれないほどの真剣勝負を重ねてきたことを物語っていて、40年前のワンシーンを鮮明に思い起こす記憶力と、それを明晰な言葉と柔らかい語り口で語る姿は、まさしく〝ホンモノ〟だった。とても大病を患われるようには見えなかったし、写真を見返してもその力強い印象は変わらない。

 お話を聞きながら僕が思っていたのは、「きっと、1980年の山際淳司も、このカッコよさにシビれたに違いない」ということだった。
 「江夏の21球」という作品が、山際淳司がスポーツライターとしてキャリアを重ねていくことを決定づけたのは、『Number』創刊号に掲載された同作品が世の読者から受けた評価だけではなかったのではないか──。むしろ取材によって得た衣笠さんや江夏さん、あるいは野球評論家の野村克也さんといった、〝ホンモノ〟との出会いを通じて、スポーツという世界に、これだけ魅力的な男たちがいることを発見したことが、彼のキャリアを決定づけたのではないか──。そう思わされるような、強烈な出会いだった。

 そんな僕の思いを裏付けるように、対談の後で衣笠さんからいただいたメールには、「顔を見た途端に若返りました。その時に帰れたのかな? 懐かしい思い出を引きずり出してくれました」とあった。僕は声や表情が、父親によく似ていると言われる。昭和23年生まれの山際淳司は、1980年の取材当時31歳。そして、気がつけば僕の年齢は、ちょうど父が衣笠さんたちを最初に取材した頃と同じくらいになっていた。


2017年に刊行された野球作品セレクション『江夏の21球』

 タイトルとなっている『衣笠祥雄最後のシーズン』は、ある収録作品の副題からとられている。その作品のメイン・タイトルは「バットマンに栄冠を」という。かつて、同名のタイトルの文庫本が角川書店から出版されていたので、そちらを覚えてくださっている方もいるかもしれない。

〝ケチをつける気はないが、これはメイン・タイトルにすべきではなく、あくまでサブ・タイトルにしておくべきだと、ぼくは思う〟

 この本の中には、山際淳司が書いたこんな一文が出てくる。今回の出版にあたってタイトルを選んだ僕たちに向けられた言葉ではないと知りながら、一瞬ハッとさせられる。山際淳司が自分の本につけたタイトルを並べてみれば、彼がある種の美学を持った作家だったことが、ひと目で分かるからだ。

 『スローカーブを、もう一球』『逃げろ、ボクサー』『山男たちの死に方』 『ダグアウトの25人』『真夜中のスポーツライター』『バットマンに栄冠を』 『ニューヨークは笑わない』『自由と冒険のフェアウエイ』 など──。

 こうした新書の形で山際淳司の作品集が出版されるのは、昨年(2017年)の『江夏の21球』につづいて2回目となる。補足をすると、「江夏の21球」という作品も、山際淳司の代表作でありながら、そのタイトルを冠した本というのは昨年の新書の出版までなく、『スローカーブを、もう一球』の収録作品だった。本書の出版も、衣笠祥雄さんが亡くなられた際に寄せられた、〝「バットマンに栄冠を」をまた読みたい〟という声に応えている面が少なからずある。
 著者が亡くなって二十余年が経ち、さきほど挙げた本のほとんどが紙の本としては手に入らない状況になっている。より多くの方々にあらためて作品を手にとっていただくきっかけになれば、という思いでつけられたタイトルである。

 このたびケイクスにて表題作である「バットマンに栄冠を」の特別編集版を掲載させていただくことになった。連載を通じて山際作品に触れていただき、その魅力を感じていただければ幸いである。

犬塚星司(いぬづか・せいじ)
コンサルタント。山際淳司の一人息子。
15歳からライター山際星司としても活動。博報堂などを経て独立。

角川新書

この連載について

衣笠祥雄 最後のシーズン

山際淳司

2018年に亡くなったプロ野球界の往年のヒーローである衣笠祥雄と星野仙一。彼らと同時代に生き、信頼も厚かった作家は、昭和のレジェンドたちをどう描いてきたのか。8月に発売された山際淳司のプロ野球短編傑作選。 本連載では、表題作でもある「...もっと読む

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mitsuparabbit 有賀薫さんのスープ・レッスンを読むのにcakes会員登録してたんだけどこれちょっと楽しみだなあ ラッキーな出会いだった → 3ヶ月前 replyretweetfavorite

tsushimasport https://t.co/Z2UhqBM6as 3ヶ月前 replyretweetfavorite