鎌倉の家

蹴飛ばして知った器のもろさ

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓――。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出します。

母が集めた百の器

 玄関の正面にある障子をあけると、畳二畳ほどの板の間がある。左側にはワインセラー、正面にはめし茶碗を収納した棚がある。元は本棚だったものを、大工さんに間にもう一枚板を入れてもらって、めし茶碗用に作り直したものだ。約百個。印判の皿と呼ばれる量産の安価なものが多く、どれも庶民の日常の器だった。

 印判というように、型の決まった模様はいくつもの定番があって、母はその模様に興味を持って集めているうちに、数が増えていった。コレクションというのはきりがないから、棚を作ってそこに収めて、ひと区切りとした。どうしても心ひかれる新しい模様に出会ってつい買ってしまい、百個を超える時は欲しい人に差し上げて、数を保っている。

 うち何段かには、そこそこ高価な手書きのものもあって、図柄は実にさまざま。見ていて飽きない。桜や菊の花など季節の植物から、魚が描かれたものや富士山を図案化したものなどがある。

 お客様の時は、その人にあった茶碗を選んで使う。たとえば、中国の「赤壁の賦」という詩を図案化した定番のものは、詩人の方がいらした時に。外国からのお客様には富士山や桜のものを。お月見の頃は秋草の模様。親しい人には、自分で「今日はこれ」と棚から選んでくる方もいる。

 めし茶碗の図柄にはすべて名前がついているそうだ。母の友人である画家の鈴木登美子さんが百個すべてをスケッチし、名前も調べて一冊の本に綴じてくださった。母のところに元本、鈴木さんのところにはそのコピーがある。世の中に二冊しかない貴重な本だ。

母の茶碗を蹴飛ばした日

 器については、忘れられない出来事がある。

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鎌倉の家

甘糟 りり子
河出書房新社
2018-09-26

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鎌倉の家

甘糟りり子

高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、 庭に咲き誇る四季の花々、そして家族の食卓——。築90年、風情ある日本家屋で育った甘糟りり子さんが、鎌倉の魅力を美しく鮮やかに描き出すエッセイ。

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コメント

zoukeionline https://t.co/aMSkp4Zuwd 約1年前 replyretweetfavorite

izaken77 この連載好きだなあ。 本が出たら買おう。 約1年前 replyretweetfavorite