母が集めた百の器
玄関の正面にある障子をあけると、畳二畳ほどの板の間がある。左側にはワインセラー、正面にはめし茶碗を収納した棚がある。元は本棚だったものを、大工さんに間にもう一枚板を入れてもらって、めし茶碗用に作り直したものだ。約百個。印判の皿と呼ばれる量産の安価なものが多く、どれも庶民の日常の器だった。
印判というように、型の決まった模様はいくつもの定番があって、母はその模様に興味を持って集めているうちに、数が増えていった。コレクションというのはきりがないから、棚を作ってそこに収めて、ひと区切りとした。どうしても心ひかれる新しい模様に出会ってつい買ってしまい、百個を超える時は欲しい人に差し上げて、数を保っている。
うち何段かには、そこそこ高価な手書きのものもあって、図柄は実にさまざま。見ていて飽きない。桜や菊の花など季節の植物から、魚が描かれたものや富士山を図案化したものなどがある。
お客様の時は、その人にあった茶碗を選んで使う。たとえば、中国の「赤壁の賦」という詩を図案化した定番のものは、詩人の方がいらした時に。外国からのお客様には富士山や桜のものを。お月見の頃は秋草の模様。親しい人には、自分で「今日はこれ」と棚から選んでくる方もいる。
めし茶碗の図柄にはすべて名前がついているそうだ。母の友人である画家の鈴木登美子さんが百個すべてをスケッチし、名前も調べて一冊の本に綴じてくださった。母のところに元本、鈴木さんのところにはそのコピーがある。世の中に二冊しかない貴重な本だ。
母の茶碗を蹴飛ばした日
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