庭の大きなテーブルに二十人くらいが集まった
子供の頃、母が家の周りの摘み草料理のエッセイを書き、何冊かの本になっていたので、春になると家で摘み草料理の会が開かれた。近所の空き地でとったアズキナやノビル、庭に生えているタラの芽などを和え物にしたり天ぷらにしたりして味わう。広い庭があった頃は、庭の大きなテーブルに二十人くらいが集まった。
子供の私には庭の草を楽しそうに食べる大人たちの気持ちがわからなかった。香ばしいアズキナの天ぷらもほのかな苦味がアクセントになるタンポポのサラダも好きだったけれど、お招きするならもっとご馳走を作ればいいのに、と思っていた。
あれから二十年余り、私も大人になって、春になると、気のおけない友人や親しい編集者たちを鎌倉の家に招くようになった。春にしか味わえない野生の草の採りたてを、もっとも素材をいかす方法で味わうのは、豪華な食材や凝ったメニューにはない魅力がある。
私の一番の自慢は山ウド。掘ったばかりの生の山ウドを味わってもらいたいのだ。
家は山に囲まれていて、春になるとその崖や庭のあちこちに数株の山ウドが芽を出す。お客様の日、ガラスの鉢に氷水を張ってから、小さな包丁を持って崖に登る。タイミングは食事の二時間ぐらい前。
地面から十センチ程度の芽が出た山ウドを、ナイフを刺して地下の茎ごと掘る。土の中に埋まっていた茎はまだ白く、泥を洗い落としたら、外皮を剥き、茎の真ん中に包丁を入れて、氷鉢につける。ほどなくすると、茎の部分が「人」の字の形に反り返る。一株にいくつもの芽が出るが、来春のために必ず一つは残す。
これを味わうのがその日の最高のご馳走だ。味噌をつけてもいいが、このままかじると、シャキッとした歯ごたえ、つんとした香り、漂うような苦味、ウドの根を通じて、太陽や雨の味も染み込んだ山の土の味を楽しんでいる気がする。
私なりの定番メニュー
何年かやっているうちに私なりの定番メニューができあがった。
前菜は、筍の皮の炒め物、明日葉の胡桃和え、ミズのむかご、土筆、ノビルなどの中からいくつかを一皿に盛り合わせる。山ウドの氷鉢はテーブルの真ん中に出しておく。
向付けのお刺身に必ず鰺を入れるのは母のお約束を真似た。東京で評判の料理屋に行きつけている人は、高級な白身魚は食べ慣れているはず。でも鰺は何より鮮度が大切で、運ぶ時間を考えれば東京のどんな店より鎌倉で食べたほうがおいしい。稲村ヶ崎駅前の「魚三」という魚屋に、前もってお願いしている。だから、お客様に声をかける時は魚三の定休日は避ける。
お刺身の次は新玉ねぎを丸ごと使ったスープ。こちらは、同じく稲村ヶ崎駅前の「はぶか牛肉店」のおかげでできるメニューである。「はぶか」で時々売ってもらう鳥筋を使う。鳥筋はささみから取り除いた細い筋だけをまとめたもの(こういう細かい作業をする肉屋は少ない)で、濃厚であっさりとしたスープが取れる。これだけで完成された味なので、新玉ねぎを丸ごと入れ、コトコト煮るだけでじゅうぶんだ。
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