さっき恋が終わった

優しいし、LINEの返事もマメだし、つい期待してしまった――。
連載「ワングラスのむこう側」が人気の林伸次さんによる、はじめて小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』の発売を記念したcakes特別連載。今日は、失恋したばかりの女性が来店しました。

『恋はあせらず』という曲がある。ダイアナ・ロスが在籍したシュープリームスがヒットさせたとても明るいR&Bの名曲だ。

「私には恋が必要。でもママは言った。恋はあせっちゃダメ。待つだけでいいの。時間をかけて」という内容で、女の子のあせる気持ちをなだめるとても可愛い内容の歌だ。おそらく全世界中の女の子が恋に落ちた時、これを聞いて「あせっちゃダメ」と言い聞かせて歌い継がれてきたはずだ。

 七月の晴れた日の夕方、久しぶりに少し涼しい風が渋谷の街をすりぬけていった。デパートの屋上のビアガーデンではネクタイをゆるめたサラリーマンたちの乾杯の声が響いていることだろう。

 私のバーではそこまで雰囲気を崩すことも出来ず、しかし今夜くらいはちょっと華やかにしようと思い、この『恋はあせらず』が入ったダイアナ・ロスのアルバムをターンテーブルの上にのせた。

 そこに二十代後半くらいの明るい表情の女性がバーの扉を開けて入ってきた。目鼻立ちははっきりしていて、背は高く短いスカートから見える脚は長い。胸から腰の曲線も女性的で、身のこなしが踊っているようだ。

 彼女は入るなり私の顔を見て、「こんばんは」と言い、大きな口を開けた笑顔を見せたので、私もついつられて笑顔になり、「どうぞお好きな席に」と言った。

 彼女はカウンターの一番端のスツールに座るとこう言った。

「マスター、私、シャンパンが大好きなんです。でもシャンパンってフランスのシャンパンしか呼んじゃダメなんですよね。それはわかるんですけど、シャンペンって言う人もいるし、なんかもう少しわかりやすくシャンパンのことを教えてもらえますか?」

「何かとややこしいですよね。まず、フランスにChampagne(シャンパーニュ)という地方があるんですね。読み方ですが、英語圏の方はそのまま英語読みで『シャンペイン』と発音します。だからアメリカの映画や音楽の中では『シャンペイン』と呼ばれています。以前は、日本に外国のものが入ってくる場合、多くはアメリカ経由でしたから、日本では年輩の方がよく英語読みに近い『シャンペン』という呼び方をします。最近では『シャンパーニュ』とフランス語読みするのが一般的になりました。『シャンパン』はその中間的な読み方でしょうか。

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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。

林伸次

甘くて、苦しくて、幸せで、辛かった、誰かを思った気持ち。そんな恋を忘れたくなくて、少しでも誰かに覚えておいてほしくて、人は目の前のバーテンダーに話をするのかもしれない――。cakesでも人気の林伸次さんのはじめて小説『恋はいつもなにげ...もっと読む

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コメント

take0927 優しくて、LINEの返事もマメで、そんなのつい期待してしまう。 |林伸次 @bar_bossa | 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

orangesky1978 読みました。途中で「ええええええ」とデスクで声がでました。部屋にひとりで良かったです→ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

bar_bossa 小説、フィクションを書く楽しさって色々あると思うのですが、「好きなタイプの女性を登場させる」というのもありまして、この話は「こういう女性、好きなんだよなあ」と思いながら書きました。https://t.co/vDH4UpmaLt というわけで今日もお店で待ってます♪ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

bar_bossa こういうタイプの女性、好きです。/ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite