早番の日、彼が必ずオザケンをかける理由

昨年までの10年間、山小屋で働いていた山ガールならぬ小屋ガールの吉玉サキさん。山小屋スタッフの人間模様や働き方、悩み、恋などをつづった1話完結のエッセイです。
今回は、山小屋の恋愛事情について。山小屋をきっかけに旦那さんと出会ったサキさん。星空の下のすてきなお話をお届けします。

山小屋は恋がめばえやすい!?

山小屋では毎年カップルが誕生する。

まぁ、考えてみれば当たり前だ。私のいた山小屋はスタッフの人数がそこそこ多く、そのほとんどが20代~30代で独身。しかも、閉鎖的な空間での共同生活。

こんなテラスハウスみたいな状況で(私の世代はラブワゴン)、恋がめばえないほうがおかしい。

そのため、恋愛ネタなら無数に書くことがある。今これを読んだ山小屋仲間はビビったかもしれないけど、書くときはたぶん許可を得るので安心してほしい。

……と書くと他人ごとみたいだけど、実は私も、山小屋で彼氏ができた。

今回は、山小屋での恋愛について。


はじめての山小屋バイトでKさんと出会った

第2話にも書いたが、はじめて山小屋でバイトをしたのは23歳のときだ。

バイト初日。山小屋に着くと、同い年の先輩・ミヤちゃんが出迎えてくれた。

彼女に連れられて奥の部屋へ行くと、数人のスタッフがそれぞれ作業をしていた。工作のようなことをしている人もいれば、テーブルに向かって何か書いている人もいる。

「新人のサキちゃん来たよー!」

ミヤちゃんが紹介してくれる。私は「よろしくお願いします」と頭を下げる。みんなそれぞれに自己紹介をしたり、話しかけてくれたり、おちゃらけたりしていた。

その中で、熱心に何かを書いていた男の人が顔を上げた。

その人は私を見て

「そのTシャツ……」

とつぶやいて、また作業に戻ってしまった。

えっ……!

私はそのとき、グラニフで買った写実的なキリンのTシャツを着ていた。

このTシャツが……何なんだろう?

それが、私とKさんの出会いだった。


はじめての山小屋生活はめちゃくちゃ楽しかった。

仕事はすぐに慣れた。接客、掃除、食事出しや洗い物。飲食店バイトの経験があったので、それほど困ることはなかった。

仲間にも恵まれた。その年は元気な人が多く、キャッキャしていて楽しかった。仕事が終わるとみんなでお酒を飲み、しょうもないことでお腹が痛くなるほど笑った。

だけど、たまに「ひとりになりたいな」と思うこともあった。

今思えば、慣れない環境で、知らず知らずのうちに心が疲れていたのだろう。


毎日会ってるのに、意外とお互いのことを知らない

9月になって、休暇で下山した。

Kさんとたまたま休暇がかぶったので、一緒に本屋さんに行った。店内では基本的に別行動で、ときたま声をかけ合う。

彼とふたりで過ごすのははじめてなのに、あまりにも気楽でいられることに少し驚いた。あんなに「ひとりになりたい」と思っていたのに、ひとりでいるのと同じくらい、気楽だった。

休暇の間、Kさんと色々な話をした。彼について、はじめて知ることがたくさんあった。

絵を描いていること。北野映画は「菊次郎の夏」だけ好きなこと。舞城王太郎が好きなこと。美大のデザイン科を辞めて、別の美大の油絵科に進んだこと。はじめて会った日に私が着ていたTシャツの、キリンのタッチが気に入ったこと。

毎日会っているのに、毎晩みんなで飲んでいるのに、私はKさんのことを何も知らなかったんだな。

知ったことではじめて、今まで知らなかったことに気づいた。


早番の日、彼が必ずオザケンのCDをかけた理由

しばらくして、Kさんから告白された。

彼のことは好きだけど、恋とは違う気がする。それに、私は下山した後、どこで何をするかまったく決まっていない。恋愛なんてしてる場合じゃない。

けれどなぜか断れなくて、保留にしてしまった。

その頃、Kさんとふたりで早番をすることが多かった。

ふたりで厨房にいるとき、彼は必ずオザケンのCDをかけた。

『LIFE』という、私が小学生のときから大好きなアルバムだ。

そのCDはおそらく昔のスタッフの私物で、たまたま山小屋にあった。以前誰かがそれを見つけてきたとき、私は酔っていたこともあって、いかにそのアルバムが好きかをとうとうと語った。

Kさんはたぶん、それを覚えていたのだ。

彼は早番のたびに『LIFE』をかける。

わかりやすくあざとい。その程度のことで喜んでやるものか、と思う。

ある朝、遅番の先輩が厨房に入ってきて、いぶかしげに「最近Kが早番の日、いつもオザケンじゃね?」言った。

そして、「俺、オザケンきらーい」と言いながら、ラジカセの停止ボタンを押した。

私とKさんはびっくりして顔を見合わせ、ちょっと笑ってしまった。


山小屋スタッフの楽しみのひとつは夕焼けだ。

夕焼けの色は日によって違う。ピンクと水色のグラデーションの日もあれば、オレンジの日もある。どちらも甲乙つけがたく好きだ。

すっきりと晴れた日。配膳の最中に空が美しく焼けると、スタッフはみんなソワソワする。

そんなとき、Kさんは私に「外で見てきなよ」と言い、仕事を代わってくれる。

オザケン以上にあざといと思ったけど、やっぱり、嬉しかった。


星空を眺めながら飲んだバニラティー

ある日の夕食後、自分の部屋に戻って携帯を見るとKさんからメールが来ていた。

「ヘリポートで星を見ませんか?」

同じ小屋の中にいるのにわざわざメール。誘っているところを他の誰かに見られたくなかったのか、私が見当たらなかったのか。メールだと敬語になるのがおかしい。

「いいですよ」

ふたりでヘリポートに行った。秋の山は寒い。星は綺麗だったけど、すぐにくしゃみが出て部屋に戻った。

その翌日、またメールが来ていた。

「昨日のリベンジ。星を見ませんか?」

Kさんの部屋の前から声をかけると、「これ着て」とダウンを渡される。それを着てヘリポートに行った。

山で見る星はプラネタリウムのようにくっきりしていて、星座のかたちもよくわかる。

どんな話をしたかは覚えていないけど、私たちはぽつぽつとおしゃべりしながら星を見ていた。

Kさんは水筒持参だった。とぽとぽと温かい飲み物をカップに注ぎ、手渡してくれた。

一口飲むと、バニラの香りのお茶だった。

そのお茶には心当たりがあった。先日遊びに来たOGのお姉さんが、お土産に外国のバニラティーを置いていった。いただきものの食べ物は厨房主任が管理するけれど、お茶は誰でも手に取れる棚に置かれる。Kさんは、それを水筒に入れてきたのだ。

……これは横領なのでは?

みんなにいただいたものなのに、こんなに飲んじゃっていいのかなぁ。

そう思いながらも、ふたり並んで星空を眺め、バニラティーを飲んだ。

ふと、この人と恋愛をしてみようかという気分になった。

特に何か理由があったわけではない。一緒にいて楽だったとか、オザケンとかバニラティーとか、あとになってそれらしい理由を見つけることはできるけど、そのどれでもない気がする。

ただ、こうしてふたりでいることが、たぶん「正解」だと思った。


あれから11年が経った

あれから11年が経って、私はKさんと同じ苗字を名乗っている。

彼は今、「絵と図 デザイン吉田」という名前でイラストレーターをしていて、この連載の挿絵を描いている。

結婚して5年。私たちは仲の良い夫婦らしい。

「らしい」というのは、本人たちにはよくわからないから。喧嘩することもたくさんあるけど、周りからは「仲良しだね」と言われる。そうなのかもしれない。

だけど、彼に対して恋愛感情はあまりない。付き合い始めたときからそうだったし、特に結婚してからは、人生という大仕事にあたる「チームメイト」といった感じだ。

私は、人間関係の中で恋愛だけが特別とは思わない。

恋ではないけど、すべての人間の中で彼が一番大切なのだ。


夕焼けや星空が綺麗なとき、私たちは必ず「見て!」と言う。バニラティーはあれ以来飲んでいないけれど、彼は毎朝コーヒーをふたりぶん淹れる。

私も彼も、iTunesにはオザケンが入っている。



イラスト:
絵と図 デザイン吉田


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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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コメント

saki_yoshidama 【書いた】第二回cakesクリエイターコンテスト入賞作を改稿しました。山小屋で恋人ができたときの話です。 1日前 replyretweetfavorite

kopenta なるほどな〜 僕はこういうシュチュエーションだと必ず戯けちゃうからな… とってもよいお話 https://t.co/WQiPfg3zwI 6日前 replyretweetfavorite

tokizo Kさんに1票!(笑) そしてグラニフTの話題が!おぉ。 未だにグラニフがどれだけ認知されてるのか知らないという… -- 6日前 replyretweetfavorite

kanzmrsw LIFEは名盤中の名盤。 6日前 replyretweetfavorite