革命を描いた『ベルサイユのばら』の革命 ~『ポーの一族』と『ベルサイユのばら』②~

2010年代に入ってから、ウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」などが次々と40、50周年を迎えている。それらはみな、単に昔のものとしてあるだけでなく、現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、これらの大半は1970年代に始まった。 1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からテレビで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

「記憶をたどりながら書きますが、公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ、事実確認をして書きます。歴史家的視点と、当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ、「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います。(筆者)


●革命を描いた『ベルサイユのばら』の革命

『ベルサイユのばら』は「週刊マーガレット」一九七二年二一号(五月二一日号)から、七三年五二号(一二月二三日号)まで一年七か月にわたり連載された。もっと長期の連載のようなイメージだが、それだけ凝縮されているということだ。

 前述のとおり、『ポーの一族』は「別冊少女コミック」一九七二年三月号に第一作、七月号から連載開始なので、二作はほぼ同時期に始まったことになる。月刊と週刊、連作と大長編という違いはあるが、少女マンガ史に残る名作が同時期に始まったのは、やはり時代の波というものがあったからだろう。

 この作品も雑誌連載時は読んでおらず、コミックスになってから読んだ。新しい巻が出るのを待っていた記憶があるから、単行本が出揃う前から読んでいたのだと思う。単行本の第一巻は七二年一一月に発行され、七四年四月に本編の最終巻である第九巻が出ているので、七三年には読んでいたはずだ。中学一年生である。

 マリー・アントワネットという歴史上の人物を知っていたのは、シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を、子供向けの文学全集で読んだからだった。『悲劇の王妃』というタイトルだったと思う。調べたら、偕成社の「少年少女世界の名作」全一〇〇巻のなかにこのタイトルがあるので、それだろう。このシリーズを全て読んではいないので、なぜ『悲劇の王妃』を読んだのかは、覚えていない。

 ともかく、そういうわけでフランス革命とマリー・アントワネットには最低限の知識があった。オスカルが有名になってしまったが、『ベルサイユのばら』の主人公はマリー・アントワネットだと思う。池田理代子もツヴァイクを読み、この女性に興味を持ったのが始まりだったと語っている。

 少年マンガにも歴史ものはあったが、それはまず忍者ものだった。白土三平の『忍者武芸帳 影丸伝』や『カムイ伝』のように戦国時代や徳川時代を舞台にした劇画もあったが、どちらもフィクションで、歴史上の人物や事件を正面から描いたものではなかった。手塚治虫が一九六三年に描いた『新選組』も、主人公は架空の人物だ。『新選組』を読んでマンガ家になろうと決意したのが、萩尾望都だった。親友を斬らなければならなくなった主人公の苦悶にショックを受けたのだそうだ。

『ベルサイユのばら』は架空の人物であるオスカルやアンドレが登場するとはいえ、フランス革命そのものを描く叙事詩である。編集部が反対したのも無理はない。そんなマンガは例がなかったのだから。

●社会派だった池田理代子

池田理代子は一九四七年、昭和二二年生まれである。しかし「二四年組」として語られることは少ない。一九六六年に東京教育大学文学部哲学科に入学した。父親からは最初の一年しか学費は出さないとの条件だったうえ、入学するとすぐに学生運動にのめり込んだので家を出て、学費と生活費のため工場で働き、次にはウェイトレスのアルバイトをしていた。やがてマンガを描いてみようと思いたち、集英社や講談社に持ち込むが断られ、貸本マンガを紹介してもらうと採用された。何冊か貸本マンガを描いていると、「週刊少女フレンド」から声がかかり、一九六七年、大学二年でデビューした。

 池田理代子は「時代の子」である。学生運動にのめり込んだように社会問題への関心が強く、学園ものを描く一方で、原爆症、貧困問題を題材にしたマンガも描いていた。部落差別問題を扱ったものも描いたがボツになったというから、かなりの社会派である。

 しかし、そのまま社会派へ向かうのではなく、さまざまなパターンの恋愛ものも描いていた。

 池田理代子がシュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を読んだのは高校生の時で、その時点でアントワネットを主人公にした「ベルサイユのばら」というタイトルのマンガを描くと決めていた。高校生というと六三年から六六年の間だ。

 プロとしてデビューしてから本格的に資料を集めだし、二年ほど研究した上で連載を始めたという。

「週刊マーガレット」編集部は最初は猛反対だった。「女・子どもに歴史ものなんて受けない」というのが最大の理由だった。当時はまだそういう古い考え方が出版社にもあり、少女向けの雑誌はそういう考えの男性編集者によって作られていた。池田はねばり、人気がなければすぐに打ち切るという約束で、どうにか始められた。連載の回数も決まっていなかったので、もし人気が出なかったら、フランス革命まで到達しなかっただろう。

 池田理代子が生年は二四年組と近いのに、そのなかに含まれないのは、その通俗性が、萩尾望都や竹宮惠子らの文学性と異質とされるからだろうか。通俗だから多くの読者を得ているのだが、評論家やマニアは、「面白いもの」を蔑視する傾向があり、二四年組を高く評価したい時、池田理代子は除外する。

『ベルサイユのばら』は一話完結ではないので、人気がなければ打ち切りということは、物語が完結しない。池田は、毎号の読者アンケートで常に上位をキープすることを義務付けられる、すさまじい緊張感のなかで描いていた。

 この歴史マンガは、オスカルとアンドレの恋愛物語の人気によって支えられていたのであり、政治と経済だけ描いていたら、一〇回ともたずに打ち切られたであろう。実際、オスカルが亡くなると、「あと一〇週で終えてくれ」と言われ、その通りにした。

 そのオスカルが亡くなった週は、ある高校でひとりの女子が授業中に泣き出し、連鎖反応で他の子も泣き始め、教員が「どうしたんだ」と尋ねたら、「オスカルが死んじゃったんです」と答えたという。その教員は『ベルサイユのばら』を知らなかったので、あわてて買って読んだ—という内容の手紙を池田は受け取った。

 あるいは、オスカルとアンドレのベッドシーンが載った号が出ると編集部には抗議の電話が、読者の母親からあったという。娘が読んでいる「週刊マーガレット」を手にして、ベッドシーンがあったのでびっくりして電話をかけてきたのだ。編集部は「『ベルサイユのばら』を全て読んで、その上で文句があったら、もう一度お電話ください」と応対し、結局、二度目の電話はなかった。

 すでに『ベルサイユのばら』は一種の社会現象となっていたのだ。単行本は外伝を含めた一〇巻までで九〇〇万部が売れた。

●宝塚の救世主

『ベルサイユのばら』は「週刊マーガレット」とコミックスだけでも十分なヒット作だったが、国民的知名度を得るにいたったのは、一九七四年に宝塚歌劇団が上演してからだった。

 一九七〇年代の宝塚は低迷していた。いまでこそ、宝塚大劇場と東京宝塚劇場は年間を通して宝塚歌劇団の公演があるが、当時は八か月程度しか公演を打てなかった。宝塚歌劇団は阪急電鉄創業者の小林一三が作ったもので、阪急内部では赤字とか黒字という概念の通用しない聖域となっていたが、それも限界だとされていた。

『ベルサイユのばら』はいわば背水の陣で臨んだ作品だった。マンガを原作とする歌劇は前例がない。ファンから『ベルサイユのばら』を宝塚で上演してくれとの要望があったのが始まりとされるが、宝塚歌劇団上層部はマンガを見下している世代だったので、企画が通るまでも紆余曲折があった。王妃の浮気の話なので「清く正しく美しく」に反するという反対理由もあったし、宝塚が上演するらしいと知ったマンガの熱心なファンからも、「人間がオスカルをやるなんてイメージが壊れるからやめてくれ」との脅迫めいた手紙がきた。

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コメント

tamyaco 「いや、少年漫画も起源は手塚治虫なのだから、すべての漫画は宝塚歌劇になりえるのだ」 約1年前 replyretweetfavorite

chieko_hk 萩尾望都は天才ですが、池田理代子はもっと評価されるべきだと思います。ベルばらは大人になって読み直したら話の面白さにハマりました。 https://t.co/dc0LsXpPl9 約1年前 replyretweetfavorite

wMRVCTqPXpoYl0W ちょっと乱暴だけど面白いhttps://t.co/fD3eSldQEf 約1年前 replyretweetfavorite

NakagawaYusuke 今回はベルばら。 約1年前 replyretweetfavorite