話し込んでいるうちに夜は更け、そのままそこに泊まることとなった。
余分な寝具があるはずもなく、みな床の上に雑魚寝となり、自分の上着を体にかけている。真冬とかわらない気温であったけれども、暖房設備は小さなガスファンヒーターが一つあるだけで、最大風量にしても部屋を温めるには到底足りず、寒かった。
僕は堅いカーペットの上で何度も寝返りをうち、ほんの少しは眠れたようだったが、しかしすぐに目を覚ます。夜はもう明けており、部屋には窓から白い光が差し込んでいた。みなはすやすやと寝息を立てている。よくこんな環境でこうも眠れるものだ。僕は一時のように眠れないということはなくなっていたが、それでもこれでは熟睡は出来ない。
眠りについたのは夜が明ける少し前だったから、みなが目覚めて活動をはじめるのは昼過ぎになるだろう。それまで一人で物音も立てずに待つのはつらい。僕は二度寝を試みたがどうしても寝付けず、煙草を買いに出ようとして、そこで財布がなくなっているのに気がついた。
黒いコートのポケットにも、穿き古したデニムのポケットにも、コンセントを借りて充電している携帯電話のそばにも見あたらない。最後に見たのは、深夜に近くのコンビニエンスストアーに買い物に行った時だ。あの道中で紛失したのだとすれば今すぐにでも外へ出て探さなくてはならないが、そのためにはまず部屋の中に確実に存在しないことを確認する必要がある。
みなを起こさぬよう物音に気を遣いながら探したが、どうしても見つからなかった。やはり外で落としてしまったのだろうか? 深夜でも人通りがあるこの街の路上に、無防備に落としてしまったのだろうか?
その可能性を考えると、首筋のあたりが冷たくなった。中身は諦めがつくにしろ、財布の方は取り返しがつかない。
焦って捜索を続けていると、物音でオシノさんを起こしてしまった。寝ぼけた目を薄く開き、こちらを見ている。
「オシノさん、財布がないんだ。真赤にもらった財布が、どこかにいっちゃった」
オシノさんがその行方を知っているはずもなく、口にしても仕方がないことを、僕は言わずにはいられなかった。相当に動揺をしているのだと自覚したが、どうにもならない。
「ねえ、どこにあるか知らないかな? 確か、コンビニに行った時はあった筈なんだけれど……」
そう話す僕を、オシノさんはぼんやりと見つめ、そしてろれつの回らぬ声でこう言った。
「……水屋口さんは、普通の仕事なんか出来っこない」
「えっ?」
びっくりして、思わず聞き返すと、オシノさんはむにゃむにゃと口の中で何かを言ってから、こう続けた。
「水屋口さんは、ずっと、文章書いてたらええんや」
「何言ってるんだよ。おれが文章書いたって一円にもなりゃしない。普通に働かなきゃ、食っていけない。金にならないことなんか、やってたって意味がない」
つい早口になってそう否定すると、オシノさんは、
「……そう」
とだけ呟いて、目蓋を閉ざした。
心臓が鋭いもので突き刺されたような感じがして、口のなかが乾いた。けれど、なぜそのような衝撃を受けてしまったのかが自分でもわからず、しばらく動揺していた。
その後僕はトイレの床に落ちている財布を無事発見する。安堵のため息をついた後、部屋に戻って来てオシノさんにそれを報告してみたが、彼女はもう完全に眠りに落ちてしまって、何の反応も示さない。