キミを絶対振り向かせるから

今は片思いだとしても、恋人と別れる時まで待つから。目の前でそう宣言されたらどうしますか?
連載「ワングラスのむこう側」が人気の林伸次さんによる、はじめての小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』の発売を記念したcakes特別連載。バーのカウンターでの会話は、ちょっとしたことで空気が変わります。

 ある時、外国人同士のお客様がカウンターで「日本の六月はレイニー・シーズンだからね。雨の京都や鎌倉はとても綺麗だよ」という話をしていたことがある。

 なるほど、梅雨のことを彼らはレイニー・シーズンと呼ぶのだ。雨の季節は心が少しだけ重たくなるが、雨が降る街はとても美しい。その夜も渋谷に雨が降っていた。

 雨が降る空気が少し湿った夜にはどんな曲があうかしばらく考えてみて、『オール・ザ・シングス・ユー・アー』という曲を思いついた。

「いつの日か僕の幸せな腕があなたを抱きしめる。あなたのすべてが僕のものとなるその時を」という意味の曲だ。

 この曲の主人公は実は片思いだ。かなり一方的な片思いだけど、なぜか本人は「いつかあなたのすべてが僕のものとなる」と確信を持っている力強い恋の歌だ。

 私は、エラ・フィッツジェラルドのレコードを取り出した。エラが歌うと、恋する熱い気持ちがこちらの心に響いてくる。いつの日か、自分のこの腕があなたを抱きしめるという、熱い気持ちが。

 レコードをターンテーブルの上に置いて針をのせると、バーの扉が開いて、男女二人組が傘を畳みながら入ってきた。

 男性の方は二十七、八歳。細身でジャケットにTシャツにリュックとカジュアルながら、清潔感がある。勤め人独特の疲れた感じはなく、知的でどこか浮き世離れした雰囲気もあるので、おそらく研究者か学芸員なのではないかと私は想像した。

 女性の方は三十四、五歳くらいだろうか。ショートブーツに細身のジーンズ。薄手のグレーのニットに白いストールをふんわりと巻いている。色白で、彼女も知的な雰囲気だ。

 女性の方が慣れてるようで、彼女が「ここいいですか?」と言い、二人でカウンターの真ん中に座った。

「タンカレーでジントニックを」と、彼女がメニューを見ずに言うと、男性も「じゃあ僕も同じものを」と注文した。

「ここのジントニックすごくおいしいのよ」彼女が彼に言う。

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この連載について

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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。

林伸次

甘くて、苦しくて、幸せで、辛かった、誰かを思った気持ち。そんな恋を忘れたくなくて、少しでも誰かに覚えておいてほしくて、人は目の前のバーテンダーに話をするのかもしれない――。cakesでも人気の林伸次さんのはじめて小説『恋はいつもなにげ...もっと読む

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コメント

schwar2e_kat2e これは読みたくなる 約2年前 replyretweetfavorite

take0927 「恋人別れるのを待ちます」だなんて、 うれしいような、困っちゃうような。。 |林伸次 @bar_bossa | 約2年前 replyretweetfavorite

bar_bossa 恋人がいるってわかっていても告白したことはありますか?/ 約2年前 replyretweetfavorite