日本武道館の前でお辞儀した「みやぞん」

24時間テレビで計160km超のトライアスロンに挑戦したANZEN漫才みやぞん。テレビ番組に予定調和は付きものですが、例年同じように終了間際でゴールすることに、懐疑の声は大きくなっています。誠実にやりきった彼は賞賛を受けましたが、そもそも人はどうして感動できるのか。感動の演出について、武田砂鉄さんが考察します。

ペース配分を練っている誰かの労苦

今年も奇跡的に終了直前にゴールした24時間マラソン、と、わざとらしく書いてわざとらしく気付くのは、「今年も奇跡的に」という矛盾である。もちろん、これまでの放送回では番組終了に間に合わなかったケースもあるが、自分を含めて、24時間テレビに対して懐疑的な見方をする人は少なくないのだから、奇跡的な終了直前ゴールを演出するのではなく、本人のペースに任せて、終了45分前に到着、ゴールしているのに「負けないで」がかかり、「ほらそこに ゴールは近づいてる」とみんなで歌って苦笑いするという場面があってもいいのではないか。

今回のゴール直前の要素を見ても、みやぞんが愛犬への想いを語るVTRがあり、DA PUMPが一部の歌詞を「みやぞん」に変えた「U.S.A.」を歌うなどてんこ盛りだったので、早めにゴールしては困るのだろう。走っている当人はもちろん大変だが、ギリギリにゴールしてもらうためのペース配分を練っている誰かの労苦を予想して、そっちに感動してしまう。

感動するかしないかわからないからこそ感動するわけで

2016年に、24時間テレビの真裏でNHK・Eテレ『バリバラ』が「検証!『障害者×感動』の方程式」と題した、24時間テレビを挑発する番組を放送して以降、24時間テレビに対して、「偽善!」との声を表立って向けやすくなった。しかし、そもそも「善」を真偽で査定するのはだいぶおこがましいとは思うので、「またですか」と呆れ顔にとどめてしまう。感動というのは、感動するかしないかわからないからこそ感動するわけであって、「さぁ夏の風物詩、今日と明日はみんなで目一杯感動しましょう!」との屈強な定義は、その環境の中で葛藤する当事者に対して失礼ではないかと思う(この場合の当事者とは、実際に参加されている方々だけではなく、同じような境遇にある方々も含む)。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ナンシー関に"賞味期限"はない

この連載について

初回を読む
ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

3839Ay https://t.co/fc2JGV3Yl1 「叩かれてはじめて、人生がわかるんじゃないですか」(梅沢)、「価値観を押しつけるのがオヤジの義務」(坂上)と言い切るような抑圧的なオヤジたちのプライドに抵触しない感じが、テレビにおけ… https://t.co/7rXLZkTC9N 5ヶ月前 replyretweetfavorite

kareigohan42 内容そのものよりも、突然締めに出てきた武田氏の個人的な回想が素晴らしく好きです。ずるをして、友情がニョキニョキ生える感動 https://t.co/raCOY7aveg 11ヶ月前 replyretweetfavorite

sayokou "感動には、いくらでも種類があるはずである。" 11ヶ月前 replyretweetfavorite

kaos0413 武田さんはモヤモヤモヤ〜をいっつも整理してくれはる。24時間TV見てないけど。 11ヶ月前 replyretweetfavorite