山で食べる冷たい蕎麦は、背徳の味!?

昨年までの10年間、山小屋で働いていた山ガールならぬ小屋ガールの吉玉サキさん。山小屋スタッフの人間模様や働き方、悩み、恋などをつづった1話完結のエッセイです。
今回は山小屋の水事情についてお届けします。小屋によっては非常に貴重な資源である水。お風呂や洗顔はもちろん、料理にだって気を遣います。

山小屋スタッフのお風呂事情

「山小屋の人ってお風呂どうしてるんですか?」

お客様からよく聞かれる。

と言うのも、北アルプスの多くの山小屋にはお風呂がない。

だから、お客様としては「スタッフはどうしてるの?」と疑問に思われるのだろう。たびたび、質問される。

大きな声では言えないが、実は、山小屋にはスタッフ用のお風呂がある。

「客用のお風呂がないのにスタッフだけズルイ!」と思われる方もいるかもしれない。

だけど、お客様はその日だけお風呂を我慢すればいい。数日かけて山から山へと歩く人もいるが、一週間以内に山を下りる人がほとんどだ。

しかし、スタッフは1ヶ月に1度程度しか山を下りない。

それも暇な時期の話。忙しい最盛期は2ヶ月くらい山を下りずに働き、休暇はあとでまとめて取得する、なんてこともザラにある。

登山道の整備や歩荷(食材などを背負って運ぶこと)で汗まみれになった山男たちが入浴せずに働いている小屋なんて、お客様だって泊まりたくはないだろう。

しかし。

残念なお知らせだが、その汗まみれのムサ苦しい男たちも、一見とても清潔感にあふれる小屋ガールたちも、週に2、3日程度しかお風呂に入っていない。

スタッフの入浴をそのくらいに抑えないと、水をやりくりできないのだ。

※あくまで私がいた小屋の場合です。後述しますが、お客様用のお風呂がある山小屋もあります

なんで水が貴重なの?

山では水は貴重。 よくそう聞くけれど、じゃあなぜ貴重なのか、答えられる人は意外と少ないと思う。

実は、山小屋に来たばかりの私も、よくわかっていなかった。

だって、蛇口から水が出るのだ。なのになんで、お風呂は週に2回なんだ。もっと入れさせてくれよ。

そう思っていた。 では、なぜ山では水が貴重なのかというと、端的に言えばダムがないからだ。当たり前といえば当たり前だが、上水道も下水道もない。

北アルプスの多くの小屋は、水場(沢や雪渓)からのポンプアップか天水で水を確保している。天水は雨のこと。ポンプアップと天水の混合の小屋もある。

私がいた小屋は、沢からのポンプアップだった。

水場(沢)へ行ってエンジンをかけると、沢水がパイプを通って山小屋のタンクまで吸い上げられる。

タンクの水量がかなり少なくなってくると、男子スタッフが軽油を担いで水場へ行き、給油して再度エンジンをかける。
※別の方法を採用している山小屋もあります。

だから、仮に誰かが一晩中水を出しっぱなしにしてしまったら、タンクの水が空になってしまう。

そうなると、軽油を担いで水場に行って水を揚げない限り、山小屋で使える水はゼロだ。どの蛇口からも、水は一滴も出ない。

手間も軽油代もかかるので、水が貴重なのだ。


しかし、春の小屋開け時はまだ水場が雪に埋まっているため、水が揚がらない。

どうするかというと、雪を溶かして水を作る。

スタッフの入浴に与えられる水はひとりバケツ2杯。それで全身を洗わなければいけない。

2年目以降のスタッフはそれを知っているので、あらかじめ汗拭きシートや洗顔シートを大量に持ってくる。洗いやすいようにショートヘアにしてくる人もいるが、私は逆に、ロングヘアをお団子にしたほうがべたつきが目立たないと思っている。

ちなみに私は、山では水での洗顔をしない派だ。 スキンケアは、洗顔シート→拭き取り化粧水→普通の化粧水→乳液。山は空気が乾燥しているので、皮脂を取り過ぎないほうが肌の調子がいい。

もしもこれから小屋ガールになる人がいたら、参考にしてみてほしい。


水がある小屋・ない小屋

水場からポンプアップできる山小屋はまだマシで、立地によっては天水(雨)オンリーの小屋もたくさんある。

そうなると、水はもっと貴重なものになる。

私は、お客さんとして天水オンリーの小屋に泊まるとき、歯磨きにも持参したミネラルウォーターを使用する。その小屋の人たちが頑張って溜めた水を、なるべく使いたくないからだ。

一方で、実は同じ北アルプスでも、水をジャブジャブ使える山小屋がある。水が豊富な沢に近い小屋や、温泉がある小屋などだ。

北アルプス水量ヒエラルキーにおいて勝ち組の彼らは、まさに「湯水のごとく」水を使う。お客様用のお風呂があったり、スタッフも毎日お風呂に入れたりする。

……というように、水の豊富さは山小屋によって格差がある。

だから、水をくれない山小屋に対して、「よその山小屋はくれたのに」とは言わないであげてほしい。

ない袖は振れない。水がない小屋は、どうしたってないのだ。


蕎麦を水で締める事件
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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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コメント

etozudeyoshida 📷 caces連載、吉玉サキさんの「 約1年前 replyretweetfavorite

saki_yoshidama この記事、明日の10時まで無料公開してます。 山小屋で水が貴重な理由と、山小屋スタッフのお風呂事情も。 約1年前 replyretweetfavorite

etozudeyoshida 扉絵を描かせていただきました。 約1年前 replyretweetfavorite

kopenta スキンケアはすごく納得! とりすぎない、乾かさない。 約1年前 replyretweetfavorite