灰江田は体を寄せて確認する。面影がある。静枝が誕生した頃の赤瀬に、雰囲気が似ている。しかし、年老いて髭を生やしているために、同じ人物だと断言できない。
「ヒューゴーさんが、このバーベキューパーティーに来たのは非常に珍しいことだそうです。社員の子供が生まれたお祝いとかで、そういうときでもなければ参加しないと言っていました。
独裁者。意見の合わない社員をすぐに首にする。あまりフレンドリーな人ではないみたいです。どちらかというと怖い人。そういった社内評価です」
写真をながめていた灰江田は、あるいはと思い、口を開く。
「コーギー。この写真を送ってくれた人に、その日の赤ん坊の写真はないか尋ねてくれ」
「聞いてみます」
しばらく待ち、画像が届いた。子供が寝ている新生児用のベビーカーが写っている。その横のテーブルに、予想したものがあった。いくつもの動物の折り紙。静枝が赤ん坊のときと同じだ。こうした行動を取る人間が、そう何人もいるとは思えない。赤瀬裕吾だ。灰江田は確信する。姿を消した男に、ようやくたどり着いた。拳を握り、その喜びを噛み締める。
「コーギー。なんとかしてヒューゴーに連絡を取れないか」
「連絡先は非公開、SNSもしていないですからね。社員でも気軽に話しかけられないようです。取材も受けていないみたいですし。ちょっと待ってください──」
コーギーはメッセージを連続して送る。
「灰江田さん」
しばらくして、コーギーが顔を上げた。
「なんだ」
「ヒューゴーさん、今月、日本に来る予定があるそうです。エドテック系のカンファレンスに、アルゴ・エドが参加して、CTOが講演をおこないます。ヒューゴーさんは、商談目的で一緒に行くと教えてくれました」
取材を受けないだけで、人前に姿を現さないというわけではない。商談には赴くし、今後力を入れたい市場には足を運ぶのだろう。
「どうにかして、そのタイミングでアポが取れないか。理由はなんでもいい。上手いこと会う機会を作りたい」
「分かりました。ただ、正攻法は難しいと思います。少し情報収集して作戦を練りましょう」
コーギーはふたたび画面に向かう。コーギーは、こうした作業に随分と慣れているようだ。灰江田は空になったコーヒーカップを見て、ナナにおかわりを要求した。
新しいコーヒーを待つあいだに店内を見渡す。髭をたくわえた英国紳士風の猪(いの)股(また)が、持参したファミコンカセットを優雅に並べ、三十代前半の若い男と語り合っていた。
「見ない顔だな」
「ああ、一杯さんですか。ちょっと前から来ていますよ。最近ゲームの専門学校を出て、いまは就職活動中で、その合間に来ているそうです。ゲーム、相当やり込んでいますよ」
コーギーが答える。
「珍しい名前だな」
「いや、本当の名前は酒見(さかみ)さんです。常連には猪鹿蝶(いのしかちょう)だけでなく、花も月もいる。そこに酒が加わったから一杯って、ナナさんがいつもの調子で命名したんです」
「おいおい、花札かよ」
花や月は、小説家の花井(はない)、マンガ家の大月(おおつき)のことだろう。そうした職業の人間も、この店に顔を出している。
酒見はカセットを一つ選び、端子部に息を吹きかけようとする。その行為を、猪股が手で遮ってやめさせた。
「金属端子に息を吹きかけると、さびて故障の原因になります。だから、ほこりや汚れを取り除く際には、クリーニングキットを使います」
酒見は慌てて謝る。彼が手にしているのはスカイキッド、名作シューティングゲームだ。彼はそのゲームを遊び始めた。酒見の目は輝いている。彼もこの店の常連たちと同じで、ゲームが好きなのだろう。客として定着すればいいんだがな。灰江田は心の底から思う。レトロゲームを懐かしがり、扉を開けても、何度も通って常連になる者は少ない。人は過去ではなく未来を見て生きている。ここは思い出の世界で生きるマイノリティーたちが集う場所だ。
少しでもレトロゲームを楽しむ人が増えて欲しい。そうなれば俺の商売もやりやすくなるのだが。灰江田は酒見を見て、そう思った。
■第五章 カンファレンス
灰江田は、レトロゲームファクトリー名義で、アルゴ・エドにコンタクトを取った。ゲーム会社が、教育向けソフトウェアの会社に接触する。それ自体は突飛なことではない。娯楽と教育の違いはあれど、ゲーム会社の中には子供を対象にビジネスをしているところもある。異業種とはいえ、それほど遠いわけではない。
ただ、灰江田の会社は非常に小さい。ビジネスの提案をしても営業担当が一人出てきて終わりだろう。そこで山崎の力を借りた。白鳳アミューズメントが出資している未成年向けゲーム開発コンテスト。毎年開催されるイベントの名前を出す許可を取った。
アルゴ・エドのソフトでゲームを作っている子供は、世界で数百万人にのぼる。ゲームを開発する子供たちは、アルゴ・エドにとって重要なターゲットだ。日本でおこなわれているゲーム開発コンテストにも興味を持つはず。そうにらみ、社長が日本に滞在しているときに是非会いたいと打診した。
来日時の都合のよい日時と場所で構わない。今月末にカンファレンスがあり来日することは知っている。そのときに会えると幸いだ。嘘を吐くことになるがそこは仕方がない。偏執的なほど表に出ない人物だ。正直に話して、そのままやって来るとは思えなかった。
問い合わせを送って二日ほどで、社長秘書から返信が来た。スケジュールの都合がついた。日時はカンファレンスの日、CTO──最高技術責任者──の講演の一時間後。場所は滞在するホテルのティーラウンジ。そこに半個室のスペースがあるので打ち合わせをしたい。灰江田は、快諾の返事をコーギーに送らせた。
向こうの出席者は、ヒューゴー・アックスとその秘書モニカ。こちらの出席予定者は、灰江田、コーギー、それに名前を伏せて二人参加予定だと伝えた。その席に山崎と静枝を同席させ、Aホークツインの販売許可の話と、親子の対面をする。ヒューゴー・アックスが赤瀬裕吾だという確証はまだない。しかし、九十九パーセント間違いないだろうと灰江田は考えていた。
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