「ヴァーッ!ヴァーッ!アッ、アッ!ヴァーッ!」
ああ、すごいのが出てきてしまった。むせつつ爆泣き、新しい命。何がすごいって、まず動いてて、声をあげてる。妻の腹の中でそりゃもうぐりんぐりん動いていたし、半年前、精密なエコーで映し出された映像に、涙腺がこなごなになりながら命の存在を知ってはいた。や、知ってたつもりだった。腹越しにいた命、こんなにしっかりヒトだったんだ! 血とか脂身みたいな何かが塗りたくられてるけど、目鼻口手足ちゃんとあって、意外と髪まで生えてて、股にアレがちゃんと付いてて男児というのもわかる。圧倒的にヒトじゃんか、どうしよう。出産直前から「みんなががんばってる姿アツい!」と流していた涙は止まらないままだが、気持ちが一気にオイオイどうしたどうしたとざわつきはじめ、ベッドだけを見ていた視界がどんどん現実に広がってきた。
これが、僕らが3人組ユニットとしてデビューした瞬間なのか。果たして、やれるだろうか?
看護師さんにやさしく抱かれる血みどろの新人は、とてもじゃないが意思の通い合わせなんてできる気がしない。それは新生児が社会生物としては未発達だからってだけじゃない。いやむしろ彼より何より、頭がフットーしちゃいそうになっている“人が増える側”の受け入れ態勢不足でそう思ってやまなくなってる。股ぐらから飛び出して新生児用のケースに移った全裸さんは、ホニャホニャと動く、単なる生き物。これが、子……?
血まみれをひととおり眺めながら、子なのかどうか問題をいったん持ち帰らせていただき、目はふたたび分娩台を向く。汗ばんだ手がじっとりとして茹で上がったような妻の頭、猫っ毛をなでる。痛みに耐えて肩で息する必死の生き物を前に、気持ちはポッと出の新人なんか目じゃないくらい彼女への愛しさであふれている。途中からつけっぱなしだった酸素マスクがようやく外され、湯気でも出かねないくらいに深い呼吸を繰り返す僕の家族、なんて愛しいのだろう。恋、性、信頼……いろんな目で見てきた人だけど、ここまで全力を振り絞ってフィジカルリリースをキメてくれたその強さ、壮大さときたら、山王工業を下した瞬間の湘北ベンチのような、もしくは身を挺して悟飯をかばうピッコロのようなものだ。世のすべての母がこの道をたどってきたとしたら、僕が彼女らにかなう日は一生来ない。生き神様を泣きながら大事にさすっていたら、看護師さんが新人を彼女の鎖骨あたりに置き、初めて3人が勢揃いした。おお、なんてパーティーだろう。お前絶対にこの人のこと悲しませたらいかんぞ。
わずかなばかりの勢ぞろいタイムを経て、妻が体内の胎盤を引っこ抜いたり切った会陰を縫ったりという後処理をせにゃならんというので、僕と新人は別室に送られる。通された部屋は新生児控室みたいな場所で、透明なケースに入った生まれたてどもが何人もいた。陣痛室で個人的に物議を醸したサンバル外国人(※第4回参照)たちのお子は帝王切開だった模様で、すでに目をパッチリ開けて二重まぶたで我々を見ている。オリエンタルな顔立ちがさっそく話題を呼んでいるのか、そのかわいさを一目見ようとスタッフが入れ代わり立ち代わりでやって「かわいい〜〜〜♡」と言う。おまえら別の子とかその親もいるのにひいきしちゃだめだぞ。こんなかわいい子……かわいい? いやかわいいかな、この子。
いい加減目を背けることもできなくなったけど、やっぱアレだ。「パパスイッチ」ってやつが入らん。
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