ヘリは山小屋のライフライン
山小屋には数週間に一度、お祭り騒ぎの一大イベントがある。
ヘリの日だ。
第3話でも書いたけど、山小屋ではほとんどの物資をヘリで荷揚げする。食材、日用品、売品、プロパン、軽油……すべてヘリ輸送だ。
ヘリは山小屋のライフライン。天候不順などでヘリが飛ばないと、山小屋は物資が足りなくなってしまう。とてもじゃないけど、物資は人間が運びきれる量ではないのだ(プロパンガスなんて100㎏ある)。
「ヘリで荷揚げ」というとなんだか簡単そうに聞こえるけど、実際はかなりの重労働。
「わー! ヘリだー!」と無邪気に喜べるのは入ったばかりのスタッフだけで、ほとんどのスタッフはヘリを見ても淡々としている。とっくに見飽きているからだ。
それどころか、ヘリの日が近づくと「またヘリか……」と大きなため息をつく人もいる(うちの夫)。
そのくらい、ヘリの荷揚げは大変なのだ。
いったい何がそんなに大変なのか? 私の筆力だけでは説明しにくいので、夫のイラストつきで解説したい。
物資は「もっこ」と呼ばれる網状のもので包み、これをヘリで吊って山小屋へ運ぶ。
もっこ1つに入れていい荷物の重さは約600kg。ヘリの前日までに、もっこ1つ分が600kg以内になるよう計算して荷物を作っておく。
もっこで包んだ荷物を「ヘリ荷」と呼び、ヘリ荷を作る作業のことを「ヘリ荷作り」と呼ぶ(そのまんま)。
山小屋ごとにヘリ輸送をやっている航空会社と契約していて、ヘリ*の年間スケジュールはあらかじめ決まっている。
*山小屋で「ヘリ」というと、ヘリコプターそのものを指す場合と、「荷揚げ」を指す場合がある。
「今月のヘリって何日だっけ?」
「ヤバい、ヘリ終わらない……」
といった場合は、荷揚げにともなう作業を意味する。
ヘリの流れは下記の通り。
①ヘリの2日前~前日に、山の麓で数人の男子スタッフがヘリ荷を作る。
②当日、ヘリが来る。もっこを吊って山小屋に運ぶ。
③ヘリが山小屋の付近にヘリ荷を置く。山小屋にいるスタッフたちは荷物を小屋に運び入れる。
④山小屋でもあらかじめ「下げ荷」と呼ばれるヘリ荷を作っている。中身はゴミ。ヘリは下げ荷のもっこを吊って、山の麓に戻ってくる。
これが延々と繰り返される。すべてのもっこを運び終えるまで、ヘリは山の下と上を往復するのだ。
ヘリ荷の量はそのときによって違うが、多いときならもっこ20個分はある。つまり、ヘリが20往復する。そうなるとみんな、最後のほうは「もうヘリ見たくない……」という気持ちになってしまう。
ヘリの前後は大変だ。
山の麓で荷物を作る係も大変だし、山小屋で荷物を受ける係も大変。ヘリの誘導をする係(支配人などベテランが担当)も、下げ荷のゴミを回収する係も、みんなクタクタだ。
だけど、ヘリの日は燃えるお祭り野郎タイプも一定数いて、私はどちらかと言えばこっちだった。
ヘリ荷作りは大変なんです
最後の3年間、夫は毎回ヘリ荷作りを主導する立場だった。
夫と男子スタッフが2人、ヘリ要員として荷物を作る。ヘリ要員たちは泊り込みで、ヘリが無事に終わるまでは自分の小屋に帰れない。夫はリーダーなので固定だが、その他の2人は毎回替わる。
ヘリ荷作りは重労働だ。
段ボール箱の重さをひとつひとつ量り、「○㎏」とマジックで書く。そして、1もっこの総重量が600kg弱になるように計算しながらヘリ荷を作っていく。
ヘリ荷は適当に積んでいいわけではない。当然だが、下のほうに重いもの、上のほうに軽いものを乗せないと、下のほうの箱が潰れてしまう。
こういうのをたくさん作る
そうやって2日くらいかけてヘリ荷を作り、ヘリ当日まで、雨に濡れないようにもっこにブルーシート(ブルシー)をかけておく。
ヘリ荷が雨に濡れると大変だ。野菜は腐るし、段ボール箱はふにゃふにゃになって中身がこぼれ落ちてしまう。もっこから荷物が落ちると「事故」と見なされてヘリ会社が営業停止処分になるので、山小屋側も責任重大だ。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。