戦後68年途切れず残った露店商たちの城【扇橋 飲み屋街】

数々の街歩き取材を重ねてきた、文筆家・路地徘徊家のフリート横田氏。2020年の大イベントを前に、東京の街が大きな変貌を遂げつつあることを肌で感じているといいます。その危機感から始まった本連載。
第二十回は、都営新宿線住吉駅から十数分歩いた先にあるL字状の飲み屋街へ。今宵も、ヤミ市由来の古酒場で時代の流れに思いをはせて。

来年4月、平成という一つの時代が区切られ、終わる。この時代だけでも30年もあったのに、それよりはるかな過去になった昭和、それも戦後間もない時代の名残を街のなかに探すことは、日々難しくなってきている。いつも長い時間の壁に遮られて、追っている姿はあまりよく見えなくなっているか、さあ追いついた、ここにあるはずだと出向いてみれば、何の痕跡も残さずに、すでに消えてしまっていることも、多々。

ところが今回はハッキリと、戦後の人々が暮らした跡を目にすることができた。
きっかけは高齢の女性の一言だ。

「鉤の手の形に、バラックの飲み屋街が残っているのよ」

この言葉を頼りに訪れたのは、下町の、なんでもない交差点。都営新宿線住吉駅を出て、四ツ目通りを南へと歩くこと十数分。小名木川を越え、清洲橋通りとぶつかる扇橋二丁目交差点に到着すると、そこには古びた長屋のような小さな建物が並ぶ一角があった。その並びはL字状、なるほど「鉤の手」のよう。


露店商の娘さんに教えられたのは、
下町に残る、ヤミ市酒場の系譜。

女性は、門前仲町の飲み屋横丁、「辰巳新道」で長年組合の理事をつとめた方だった。ここはそもそも、戦後間もなく露店商の人々が始めた飲み屋街だ。永代通りと清澄通りがぶつかる門前仲町交差点沿いに、終戦後露店の飲み屋街が生まれた。「ヤミ市」である。だが衛生的にも都市計画上も問題になりはじめた昭和24年、GHQが都内の全ての露店を撤去するよう指令を出した。このときに集団で立ち退き、商売を再開した場所が「辰巳新道」だったのだ。


ビッシリと並ぶ看板に心をつかまれる飲み屋街、門前仲町・辰巳新道。

女性の父親も元露店商で、横丁の生みの親の一人なのだが、私がコマゴマとお話を聞いているうちに、前述の話をしてくださったのだった。続けてこんな話も聞いた。

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この連載について

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東京ノスタルジック百景 シーズン2 ~今見ておきたい昭和の風景

フリート横田

ライター兼編集者として、数々の街歩き取材を重ねてきたフリート横田氏。著書『東京ノスタルジック百景』からのcakes連載が好評を博し、満を持して書き下ろしの連載がスタート。2020年の大イベントを控え、急激に変化しつつある東京。まだわず...もっと読む

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コメント

toyo1chome 扇橋のバラック飲み屋街の紹介記事です。https://t.co/iyYD7U1P96 7ヶ月前 replyretweetfavorite

fleetyokota 私のcakesでの連載、今回は江東区扇橋に残るバラック飲み屋横丁。とある婆ちゃんの一言から、点と線がつながり、知られざる事実も発掘。消えていこうとしている横丁の戦後史の1シーンを、是非。一週間は登録不要で全文無料で読めます。 https://t.co/jFVcxIWes3 7ヶ月前 replyretweetfavorite